投稿

2017の投稿を表示しています

KARAKONTIE カラコンティ(2)

イメージ
KARAKONTIE Gainesway KARAKONTIE「ヒュヒュヒュ~ン、ブルルルルルルルル。」 KARAKONTIE「カポ、カポ、カポ、カポ、カポ、カポ。」 KARAKONTIE「カポ。」 KARAKONTIE「カポ、カポ、カポ。」 KARAKONTIE「ヒュヒュヒュ~ン、ヒュン。」 KARAKONTIE「パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ。」 KARAKONTIE「パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ。」 KARAKONTIE「パカッ。」 KARAKONTIE「ヒュヒュヒュヒュヒュヒュ~ン。」 KARAKONTIE「ウ~~~~!」 KARAKONTIE「ボト、ボト、ボト、ボト、ボト、ボト。」 KARAKONTIE「ブルルルルルルルルルルル。」 KARAKONTIE「ヒュヒュヒュヒュヒュヒュ~ン。」 声高く大きい雄叫びでいななく、カラコンティが、ゲインズウェイファームで繋養生活を開始して間もない、今年の3月頃、待望の初年度産駒が生まれ、カラコンティを父に持つ仔馬は、増えていくばかりです。 Gainesway Farm(ゲインズウェイファーム)の種牡馬厩舎にて繋養されている、カラコンティの隣の馬房には、2018年から、バードソングという、バードストーンの産駒が種牡馬として入厩し、繋養されることになっていて、その為の準備を進めていました。 KARAKONTIE「ブルルルルルルルルルルㇽ。」 KARAKONTIE「ウ~~~~!」 KARAKONTIE「ボト、ボト、ボト、ボト、ボト、ボト、ボト。」 カラコンティは、大きい緑色の💩(うんち)を、落としては、体を整えておりました。 KARAKONTIE「ヒュヒュヒュヒュヒュヒュ~ン。」 カラコンティは、声高くいなないていました。 2016年から、アメリカ合衆国・ケンタッキー州・レキシントン近郊・パリスパイクのGainesway Farm(ゲインズウェイファーム)で種牡馬として繋養生活を送っている、KARAKONTIE=カラコンティ、2018年~2019年の種牡馬シーズンもさらなる活躍を期待したいと想い、願っております。 KARAKONTIE「ヒュヒュヒュ

KARAKONTIE カラコンティ

イメージ
http://www.gainesway.com/stallions/karakontie/ KARAKONTIE「ヒュヒュヒュヒュヒュ~ン。」 KARAKONTIE「カポカポカポカポカポ。」 KARAKONTIE「カポカポカポ。」 KARAKONTIE「ブルルルルルルルルルルルル。」 KARAKONTIE「ヒュヒュヒュ~ン、ヒュン。」 KARAKONTIE「パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ。」 KARAKONTIE「パカッ。」 KARAKONTIE「ヒュヒュヒュヒュ~ン、ブルルルルルルルル。」 カラコンティとは、モホーク語で空飛ぶ太陽という意味。 可愛くて逞しい体を持つ大きな馬になってほしいという願いがこめられた、素敵な名前の鹿毛のサラブレッド、それが、カラコンティです。 KARAKONTIE「ヒュヒュヒュヒュ~ン、ブルルルルルルルル。」 2011年1月30日・北海道・新冠郡・新冠町の社台コーポレーション・白老ファームで生まれたカラコンティですが、実際・カラコンティ(空飛ぶ太陽・モホーク語)は、フランス共和国・ヴェルトハイマー夫妻の名義で生産された、鹿毛のサラブレッドで、日本産馬の1頭ですが、バーンスタインを父に、サンイズアップを母に持つ、可愛い鹿毛のサラブレッドですが、実は、所属がJ・ピース厩舎となっていて、馬主が、ニアルコスファミリーとなっているので競走馬として育成される為、フランス共和国で競走馬として、生活を送ることになり、飛行機でフランスへ渡航しました。 カラコンティは、雄大な北海道の大地を想い出しながら、大きく成長している鹿毛の馬、それが、カラコンティです。 モホーク語で空飛ぶ太陽という意味の、カラコンティは、現役時代、フランス・イギリス・アメリカなどで12戦5勝を挙げ、2014年のブリーダーズカップ・マイルなどを制覇した、牡で鹿毛のサラブレッド、それがカラコンティです。 2015年の、ブリーダーズカップ・・マイル 11着を最後に惜しくも現役を引退した、KARAKONTIE(カラコンティ)は、2016年から、アメリカ合衆国・ケンタッキー州・レキシントン近郊のゲインズウェイファームで種牡馬として繋養生活中で、2017年には生まれているとの事で

HAT TRICK ハットトリック ブラジル共和国での新生活。

イメージ
http://www.harasspringfield.com.br 2017年6月、サッカー大国・ブラジル共和国 パラナにある、Haras Spring Field(スプリングフィールド)に、一頭の、サンデーサイレンスの後継産駒がやって来たのです。 名前は、HAT  TRICK ハットトリック。 ハットトリックとは、イギリス語のサッカー用語で、1試合で、1選手が、3得点以上を挙げることの意味です。 北海道・勇払郡・追分町(現・安平町)の追分ファーム生産の青鹿毛馬である、HAT TRICK ハットトリックは、トリッキーコードの2001が血統名の馬です。 今年の5月中旬まで、アメリカ合衆国・ケンタッキー州・レキシントン近郊・パリスパイクの GAINESWAY FARM(ゲインズウェイファーム)にて、繋養生活を送っていた、HAT  TRICK ハットトリックは、2004年 中央競馬にデビュー (有)キャロットファームの所有馬として、21戦8勝の成績を残しており、マイルチャンピオンシップ・キャセイパシフィック香港マイルなど、日本・香港のG1競争を制覇するなど活躍しました。 2007年6月・シャトル種牡馬として、アメリカ合衆国に輸入されWalmac Farm LLC(ウォルマックファーム)を拠点に、オーストラリア・インディペンデンススタリオンズ アルゼンチン・Haras El Marin(エルマリン牧場)で、半年間・シャトル種牡馬として繋養され、2011年・牡10歳になった時に、同じくアメリカ合衆国・ケンタッキー州・レキシントン近郊・パリスパイクにある、お隣のゲインズウェイファームに移り、2012年~2013年の種牡馬シーズンから長く、繋養生活を送って来ました。 2017年~2018年の種牡馬シーズン中の、5月中旬・ブラジル共和国にある、Haras Springfield(スプリングフィールド)・Haras Santa Rita Da Serra(サンタ・リタ・ダ・セーラ) 両牧場から、HAT TRICK ハットトリックを、新繋養馬としてスタッドインしてほしいというオファーが、GAINESWAY FARM(ゲインズウェイファーム)にあり、それに、GAINESWAY FARM(ゲインズウェイファーム)も仰天するよ

Stright Girl ストレイトガール イギリスで繁殖牝馬生活を送る、牝・8歳の女馬。

イメージ
 Stright Girl「ヒヒ~ン、ヒヒ~ン、ヒヒヒ~ン。」 Stright Girl「ヒヒ~ン。」 Stright Girl「パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ。」 Stright Girl「パカッ。」 Stright Girl「ヒヒ~ン。」 まっすぐな少女という意味の、イギリス語に由来する、ストレイトガール。 昨年・牝・7歳の時に日本から渡航してきた、牝馬のサラブレッドです。 現役時代・栗東 藤原 英昭厩舎に所属し、31戦11勝の成績を残した、ストレイトガールは、2016年11月13日付で登録を抹消され、千葉県・香取市の下河辺牧場・千葉分場で出国検査をへて、同年12月1日に飛行機で、日本を後に、繋養地・イギリスにむけて渡航しました。 現在・繁殖牝馬として、繋養生活を送っている、イギリス・サフォーク州・ニューマーケットの、ナショナルスタッドには、2016年12月2日(日本時間・2016年12月3日)に到着し、着地検査をへて、2017年から新繁殖牝馬として繋養を開始しました。 今年の6月18日には、阪神競馬場で行われたサラ系3歳未勝利戦で、妹に当たる、ハニートリップ(Honey Trip=愛する人への旅・英)が競走馬として、10着に敗れはしましたが、初出走し、大好きな馬の1頭として、デビューを果たすに至りました、ネヴァーピリオドの2014が血統名の、ハニートリップの。今後の活躍を期待したいと想い、願っております。 3月12日(日本時間・3月13日)・ストレイトガールの、牝・8歳の誕生日を迎えました。 昨年の12月2日(日本時間・12月3日)に、イギリス・サフォーク州・ニューマーケットの、ナショナルスタッドに繁殖牝馬としてやってきた、ストレイトガールは、今年から、同スタッドで繁殖牝馬生活を開始した、ネヴァーピリオドの2009の血統名を持つ、ストレイトガールは、新繁殖牝馬としてのさらなる活躍を誓いあいました。 牝・7歳の時に、日本から繁殖牝馬として、イギリス・サフォーク州・ニューマーケットの、ナショナルスタッドにやって来た、FUJIKISEKI産駒の1頭・Stright Girl=ストレイトガール(まっすぐな少女・英)。 6月に初年度配合種牡馬・フランケルとの種付交配に挑み、2018年の春には初年度

女傑・ウオッカ アイルランド・アガ・カーン・スタッド ギルタウンで繁殖牝馬として過ごす、伝説の少女 2017(2)

イメージ
アガ・カーン・スタッドのウオッカ。 VODKA「ヒュヒュヒュ~ン。」 VODKA「パカッ。パカッ、パカッ。」 VODKA「パカッ、パカッ、パカッ、パカッ。」 VODKA「パカッ。」 VODKA「ヒュヒュヒュ~ン、ブルルルルルルルル。」 2010年4月から、アイルランド・キルディア州・キルディア近郊・ギルタウンの、アガ・カーン・スタッド ギルタウンで繋養生活中の、女傑・ウオッカは、今年・産駒の出産が遅いこともあり、2017年度の種付交配を見送っていて、来年度には種付交配を再度するとの事です。 通算・26戦10勝の成績を挙げており、2008・2009年の年度代表馬及び、最優秀4歳上牝馬に選出された、女傑・ウオッカも、牝・13歳となりましたが、一時・繁殖牝馬を休業しているとの事です。 タニノギムレットとタニノシスターの仔として生まれた、ウオッカが、アガ・カーン・スタッド ギルタウンに来たのは、2010年3月の事で、それまで、現役競走馬として活躍してきました。 2歳の時には、最優秀2歳牝馬を総なめにした鹿毛のサラブレッドで、2007年には特別賞をを受賞するなど、競走馬として活躍した、女傑・ウオッカも、現役引退後の2011年には顕彰馬の1頭に選出されました。 ドバイ・ワールドカップ・ミーティングにも何回か招待を受諾しては遠征をしており、2010年3月4日に行われた、マクトゥームチャレンジ・ラウンド3(8着)をラストランとして、鼻出血症がもとで惜しくも現役引退し、女傑・ウオッカは競走馬生活に終止符を打ちました。 すっぴんでかわいい鹿毛の馬、女傑・ウオッカは、2010年4月から繁殖牝馬として生活しており、現在も生活しておりますが、今年・遅い出産をしたことから、一時・繁殖牝馬を休業しており、来年の5月頃からは種付交配を再開するとの事で、その時には、女傑・ウオッカも、いい産駒を出産させてくれることを、期待したいと想い、願っております。

女傑・ウオッカ(VODKA)アイルランド・キルディア州・キルディア近郊・ギルタウンで繁殖牝馬として繋養生活を送る 伝説の少女・2017

イメージ
(2010年4月から、アイルランド・キルディア州・キルディア近郊・ギルタウンの、AGA KHAN STUD GILLTOWN(アガ・カーン・スタッド ギルタウン)で、繁殖牝馬として繋養生活を送っている、伝説の少女 女傑・ウオッカ(VODKA) ) VODKA「カポ、カポ、カポ、カポ。」 VODKA「ブルルルルルルルル。」 VODKA「ヒュヒュヒュヒュヒュ~ン、ブルルルルルルルル。」 ウオッカは、すっぴんでかわいい鹿毛の馬、2010年3月16に、アイルランド・キルディア州・キルディア近郊・ギルタウンの、アガ・カーン・スタッド ギルタウンに、遠征先のドバイから海を渡ってやって来た、伝説の少女、これが、女傑・ウオッカ。 VODKA「ヒュヒュヒュヒュヒュ~ン、ヒュヒュヒュヒュヒュ~ン、ヒュヒュヒュヒュ~ン。」 2017年5月23日(日本時間・5月24日) 2016年に種付交配を行い、受胎して成功した、第6仔・VODKA2017(父・FRANKEL 通称・VONKELⅡ君)を、無事に出産させたのです。 今年 牝・13歳の伝説の少女、女傑・ウオッカ(VODKA)は、出産が遅かった為、2017年度の種付交配は行わず、2018年度に行うことが明らかにしたとの事です。 女傑・ウオッカも、繁殖牝馬として繋養生活を送っていながら、繁殖生活を一時・休業することになったのです。 6月10日(日本時間・6月11日)AGA KHAN STUD GILLTOWN(アガ・カーン・スタッド ギルタウン)の放牧場に放たれた、女傑・ウオッカ。 VODKA「ヒュヒュヒュヒュ~ン、ヒュヒュヒュヒュ~ン、ヒュヒュヒュヒュ~ン。」 VODKA「パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ。」 VODKA「パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ。」 VODKA「パカッ、パカッ、パカッ。」 VODKA「ヒュヒュヒュヒュ~ン。」 VODKA「ブルルルルルルルル。」 女傑・ウオッカは、声高くいなないては、アイルランドの大地を脚で蹴っていました。 VODKA「ニョロ、ニョロ、ニョロ、ニョロ。」 VODKA「バシャ~~、ジャ~!」 女傑・ウオッカは、気持ちいい緑色のおしっこ(尿  を出してやっては、体を整えてい

HAT TRICK=ハットトリック 2017 牡・16歳になった青鹿毛の馬 遂に産駒の日本競馬(中央競馬)初勝利を飾る。

http://www.gainesway.comallpns/hat-tr ick/ 2017年・アメリカ・ケンタッキー州・レキシントン近郊・パリスパイク。 サンデーサイレンスとトリッキーコードの仔である、HAT TRICK= ハットトリックも、牡・16歳。 2007年にシャトル種牡馬としてアメリカに輸入されてから、10年という節目の年も、5000万ドルと減額されての、繋養生活を送る、ハットトリック。 サンデーサイレンスの後継産駒として、アメリカで繋養生活を送る、青鹿毛のサラブレッドです。 HAT TRICK「ヒュヒュヒュ~ン。」 HAT TRICK「パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ。」 HAT TRICK「パカッ。」 HAT TRICK「ヒュヒュヒュ~ン、ブルルルル。」 アメリカで最大のサラブレッド生産州・ケンタッキー州。 そこの、レキシントン近郊・パリスパイクに、Gainesway Farm(ゲインズウェイファーム)があります。 2012年~2013年の種牡馬シーズンから、ゲインズウェイファームで繋養生活を送っている、ハットトリックは、サンデーサイレンスの後継産駒の1頭で、トリッキーコードを母に持つ、トリッキーコードの2001が血統名の青鹿毛の馬です。 16年前の、2001年4月26日・北海道・勇払郡・追分町(現・安平町)・追分向陽1233-1番地の追分ファーム・生産の日本産青鹿毛馬でもある、ハットトリック(1選手が1試合で3得点以上を挙げることの意味・英=サッカー用語。)は、現役時代、日本の中央競馬で、21戦8勝の成績を挙げ、最優秀短距離馬(2005年度)にも輝いた、青鹿毛のサラブレッドです。 ハットトリックは、2007年・牡・6歳の時に、シャトル種牡馬として、アメリカに輸入され、ケンタッキー州・レキシントン近郊・パリスパイクにある、ウォルマックファーム(WALMAC FARM LLC)を、拠点として、オーストラリア・インディペンデントスタリオンズ アルゼンチン・エルマリン牧場で、シャトル種牡馬として繋養生活を送り、ダビルシム・ハウグレートなどの産駒を輩出しました。 ハットトリックが、牡・10歳の男馬に成長した、2011年の11月に、2008年の繋養開始以来、長く繋養生活を送った、ウォルマックファー

Mr CB ミスターシービー 昭和を代表する、3冠馬の1頭

イメージ
(共同通信杯4歳ステークス(現・共同通信通 信杯)を制覇した、現役時代のミスターシービー 東京競馬場・S58年) 1983年当時・グッドルッキングホースといわれ、三大競争ともいわれる、皐月賞・日本ダービー・菊花賞の、三冠レースをを制覇し、シンザン以来19年ぶりに三冠馬に輝き、1984年の天皇賞・秋では、四冠を達成し、完全復活を果たした馬でありながら、翌年の三冠馬・シンボリルドルフを倒せないまま、競争生活にピリオドを打った、ミスターシービー、その戦績も15戦8勝の成績を残した、黒鹿毛の馬だ。 1980年4月7日・北海道・浦河郡・浦河町の岡本牧場で千明牧場の名義で生産された、ミスターシービー(みすたあ しいびい)は、牡・3歳(現・牡・2歳)の時に、美浦・松山康久厩舎(すでに解散。)に入厩し、1982年(昭和57年)11月6日・東京競馬場で行われた、サラ系3歳新馬戦(現・メイクデビュー・東京) 1着で中央競馬にデビュー、ミスターシービーは、黒松賞でも2勝目を挙げたものの、ひいらぎ賞では、ウメノシンオーをかわすことが出来ず、初の敗戦を帰したが、1982年の最優秀3歳馬に選出されたのです。 1983年・牡・4歳(現・牡・3歳)になった、ミスターシービーは、緒戦の共同通信杯4歳ステークス(現・共同通信杯)で、ひいらぎ賞で優勝した、ウメノシンオー以下を下して優勝、3勝目を挙げると、中山競馬場で行われた、報知杯弥生賞を制覇して4勝目、同競馬場で行われた、皐月賞にコマを進めたが、この時、ライバル馬の1頭・メジロモンスニーも参戦してのレースとなり、それを抑えて、1着となり、三冠レースの1冠目を奪いとったのです。 (第50回・日本ダービーを制覇して、2冠目を達成した時の、ミスターシービー(Mr CB) 東京競馬場で。) 1983年5月29日・東京競馬場で行われた、第50回・日本ダービーに、出走した、ミスターシービー、この時、12番のゼッケンをつけて、出走した。 ミスターシービーの名前・CBとは、千明牧場のイニシャルネームで、当時のミスターとは、東京読売巨人軍の長嶋茂雄で、もし、トウショウボーイとシービークインの仔が、千明牧場を代表する男馬になってほしいという願いを込め、この馬にミスター(Mr)の称号を送ったことから、この名前になった。