2016年6月16日木曜日

VODKA ウオッカ 2016





アイルランド・キルディア州・キルディア近郊・ギルタウンの、アガ・カーンスタッド・ギルタウンで、繁殖牝馬として過ごす、女傑・ウオッカ



すっぴんでかわいい鹿毛の馬、女傑・ウオッカ、2010年から、アイルランド・キルディア州・キルディア近郊・ギルタウンの、アガ・カーンスタッド・ギルタウンで、繁殖牝馬として過ごす、伝説の少女です。

VODKA「ヒュヒュヒュヒュヒュヒュ~ン、ヒュヒュヒュヒュヒュヒュ~ン、ヒュヒュヒュヒュヒュヒュ~ン、」


2016年3月5日・ウオッカは、インヴィンシヴルスピリットとの間に種付交配を行い受胎した仔を出産しました。

VODKA「ヒュヒュヒュヒュヒュヒュ~ン。」

VODKA「ウ~~~~~~!」

遂に、VODKA2016を出産、誕生するに至りました。

4月、ウオッカは、ウオッカの2016年産駒と一緒に、放牧させました。

VODKA(ウオッカ)・牝12歳、北海道・静内町生まれの鹿毛の馬です。

VODKA「ヒュヒュヒュヒュヒュヒュ~ン、ブルルルルルルル。」

VODKA「ニョロ、ニョロ、ニョロ。」

VODKA「バシャ~~~~~~!」

ウオッカは、大きく気持ちいいおしっこを出してやりました。

女傑・ウオッカが、繁殖牝馬として、アイルランドに来たのは、2010年の3月中旬の事で、それまでは、競走馬として、ドバイ遠征も併せて、26戦10勝の成績を残した、すっぴんでかわしい鹿毛の馬でした。

鼻出血症がもとで、2010年3月5日には現役を引退し、3月18日(日本時間・3月19日)には、競走馬登録を抹消された、女傑・ウオッカ、現在・世界最強馬 フランケルを種付交配し、その仔を受胎したとの事で、2017年の春には、無事に出産する予定でマタニティライフを送っているとの事です。

2011年には、牝馬として、メジロラモーヌ以来、久々に顕彰馬に選出された、女傑・ウオッカも、繁殖牝馬として、アイルランド・キルディア州・キルディア近郊・ギルタウンの、アガ・カーンスタッド・ギルタウンで、繋養生活を送っており、マタニティライフを送っております。

2016年6月14日火曜日

SUNDAY BREAK=サンデーブレイク 4



2015年から、Haras Du Lionで、繋養生活を送る、SUNDAY BREAK=サンデーブレイク

フォーティーナイナーと、キャットクイルの仔・SUNDAY BREAK=サンデーブレイクは、2010年に、現在の繋養国・フランス共和国に到着しました、アメリカ合衆国から飛行機で大西洋を横断しながら、渡航して、種牡馬として繋養生活を送る国では 2国目になります。

フランス共和国での、最初の繋養先になる牧場は、Haras De Grandcamp(グランカン牧場)で、2011年~2012年まで繋養生活を、SUNDAY BREAK=サンデーブレイクは、送りました。

その後・SUNDAY BREAK=サンデーブレイクは、2013年~2014年までは、ラ・エヌ―ヴ牧場に移動して、繋養生活を送り、多くの産駒を送りました。

2014年の秋・現在の繋養先 Haras Du Lion(リオン牧場)に移動し、2015年~2016年の種牡馬シーズンから、繋養生活を送っていて、現在に至っております。

Haras Du Lionの種牡馬厩舎にいる、SUNDAY BREAK=サンデーブレイクも、GAINESWAYFARM(ゲインズウェイファーム)→WALMAC FARM LLC(ウォルマックファーム)→Haras De Granndcamp(グランカン牧場)→ラ・エヌ―ヴ牧場と渡り歩き、遂に、現在の繋養先のHaras Du Lion(リオン牧場)にたどり着いたのは、2014年の秋の事です。

SUNDAY BREAK=サンデーブレイクは、2015年の種牡馬シーズンから、Haras Du Lionでの繋養生活をスタートさせ、現在も繋養生活中です。

SUNDAY BREAK=ヒヒ~ン、ブルルルルルルル。

SUNDAY BREAK=カポ、カポ、カポ、カポ、カポ、カポ、カポ、カポ。


SUNDAY BREAK=カポ、カポ、カポ、カポ、カポ、カポ、カポ、カポ。



SUNDAY BREAK=カポ、カポ、カポカポ。

SUNDAY BREAK=サンデーブレイクは、手綱を離して、走りだしました。

SUNDAY BREAK=ヒヒ~ン。

SUNDAY BREAK=パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ。
(大きく飛び跳ねては、いななく、サンデーブレイク。)


SUNDAY BREAK=ヒヒ~ン、ヒヒ~ン、ヒヒ~ン、ヒヒ~ン。

SUNDAY BREAK=パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ。

SUNDAY BREAK=パカッ。



SUNDAY BREAK=ヒヒ~ン、ブルルルルルルル。


SUNDAY BREAK=サンデーブレイクは、大きい雄たけびで、いななきながら、北海道・新冠郡・新冠町の大地を想い出していました。

(米国・GⅢ競争・ピーターパンステークス(ベルモントパーク競馬場・NYRA)を制覇した、現役時代の、サンデーブレイク=SUNDAY BREAK)

現役時代・アメリカ・NTRAで競争生活を送り、ニール・ドライスデール調教師のスキンシップがあってこそ、走り続けることができた、フォーティーナイナーと、キャットクイルの仔、SUNDAY BREAK=サンデーブレイク。

日曜日の休憩という意味のイギリス語に由来したネーミングである、サンデーブレイクは、その後、種牡馬としてアメリカで繋養生活を送り、2010年からは、フランスで繋養生活を送るようになり、現在に至っている馬で、北海道・新冠郡・新冠町のノースヒルズマネジメント(→ノースヒルズ)の生産出身馬でありながら、1歳の時に、アメリカ合衆国へ渡航する為、日本を後にした、鹿毛のサラブレッド、サンデーブレイク。

13戦4勝の成績を残した後、種牡馬入りして、アメリカンドリームを成功させた馬、サンデーブレイク、フランス共和国に種牡馬として繋養生活を送っているとはいえ、渡航された、サンデーブレイクも 2016年現在、フランス共和国のリオン牧場で繋養生活を送っている、鹿毛のサラブレッドの1頭で、今後共種牡馬としてさらなる活躍を期待したい。




 


Link Page Haras Du Lion(英語/フランス語のページです。) http://www.harasdulion.com/

2016年6月13日月曜日

SUNDAY BREAK=サンデーブレイク 3

(2015年から、Haras Du Lionで、繋養生活を送る、サンデーブレイ
ク)


















2004年の春、アメリカ・ケンタッキー州・レキシントン近郊・パリスパイクにある、GAINESWAYFARM(ゲインズウェイファーム)で、種牡馬として、スタッドインした、SUNDAY BREAK=サンデーブレイクは、初年度から、ネヴァーオンサンデー・サンデーゲイシャなどの産駒を、輩出しました。

この年は、2003年に競走馬を引退した、サンデーサイレンスと、グレートクリスティーヌの仔である、BELIEVE=ビリーヴ(イギリス語でで、信念という意味。)も、繁殖牝馬として、同じケンタッキー州・レキシントン近郊・ミッドウェイにある、レーンズエンドファーム・オークリースタッドで繋養生活を送るため、渡米し、同場で、繋養生活を開始しました。



SUNDAY BREAK=ヒヒ~ン。

ノースヒルズマネジメント(現・ノースヒルズ)の生産馬で、アメリカ・NTRAで競争生活を送った、サンデーブレイクも、大きい雄たけびを鳴らしては、放牧場へ行き、放牧生活を始めました。


SUNDAY BREAK=パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ。

SUNDAY BREAK=パカッ。

SUNDAY BREAK=ブルルルルルルル。

SUNDAY BREAK=ヒヒ~ン、ヒヒ~ン、ヒヒ~ン、ヒヒ~ン。


SUNDAY BREAK=ウ~~~!

SUNDAY BREAK=ボト、ボト、ボト、ボト、ボト、ボト、ボト、ボト。

サンデーブレイクは、大きくて緑色の💩(うんち)を出してやりました。

SUNDAY BREAK=ニョロ、ニョロ、ニョロ。

SUNDAY BREAK=バシャ――――!


サンデーブレイクは、大きい尿(おしっこ)を出していました。

遠い、北海道・新冠の大地で生まれ、育まれた、サンデーブレイク、気持ちいいおしっこをだしては、過ごしていました。

その後、サンデーブレイクは、2006年まで、GAINESWAYFARM(ゲインズウェイファームで繋養生活を送り、2007年の種牡馬シーズンからは、お隣のWALMAC FARM LLC(ウォルマックファーム)に移り、繋養を続けました。


その後、2008年からは、同じ日本産馬の1頭で、サンデーサイレンスとトリッキーコードの仔である、HAT TRICK=ハットトリックが、WALMAC FARM LLC(ウォルマックファーム)を拠点として、シャトル種牡馬生活を送るため、日本から輸入・渡航されて、同ファームに来ており、それ以来、サンデーブレイクは、予備種牡馬になって過ごしておりました。

フォーティーナイナーと、キャットクイルの仔で、キャットクイルの1999が血統名であり、アメリカ・ケンタッキー州で最も多く種付る馬になった、サンデーブレイクですが、ネヴァーオンサンデーの競走馬としての活躍が評判となるなど活躍の高い種牡馬になった事を聞きつけた、フランスの競走馬生産牧場・Haras DeGrandcamp(グランカン牧場)から、新種牡馬として繋養生活を送ってほしいという、オファーが来ており、それに応じる形で、サンデーブレイクは、フランスに種牡馬として繋養生活を送る馬になっている馬になっているとはいえ、渡航の上、繋養生活を送ることになり、ウォルマックファームで出国・検疫検査を受けた後、同ファームを後に、ブルーグラス空港に馬運車で移動、同空港発の飛行機に、ストールごと乗せられた、サンデーブレイクは、2001年の1歳の時に来て以来、長く生活を送った、アメリカ合衆国を後に、フランス共和国へ輸出され、離れて行きました。

フランス共和国で、種牡馬として繋養生活を送るとはいえ、新天地での繋養をする、サンデーブレイクの生活を辿ります。


2016年6月12日日曜日

SUNDAY BREAK=サンデーブレイク 2

Haras Du Lionで、2015年から繋養生活を送っている、サンデーブレイク。

2002年2月22日(日本時間・2月23日)・サンデーブレイクが、アローーワンス(一般戦)に出走、2着のレイヴンパワー以下を抑えてWIN、デビュー4戦目にして、初の一般戦(アローワンス)を制覇したのです。

その後、2002年3月27日(日本時間・3月28日)に、アケダクト競馬場で行われた、アローワンス(一般戦)に出走させるため、サンデーブレイクは、初のアメリカ合衆国・東海岸のニューヨーク市にやってきて、調整のあと、レースに挑み、断然1番人気に支持された、サンデーブレイクを見ようと、競馬ファンが相次いでアケダクト競馬場に入場し、スタートと同時に走り出した、アローワンス(一般戦)の出走馬たちは、直線コースにきて、サンデーブレイクを先頭に、走らせたのです。

結局・サンデーブレイクは、2着以下を抑えて、少しよれる場面もあり、審議の対象にもなりながら、3勝目のWINを挙げました。

その後・同じアケダクト競馬場で行われた、ウッドメモリアルステークスに出走した、サンデーブレイクは、3着に終わり連勝が止まった。

又、ケンタッキーダービーも、回避してしまった、サンデーブレイクは、最後の3冠競争・ベルモントステークスへの最終切符を賭けた、ピーターパンステークスに挑むため、調整されました。


2002年5月25日(日本時間・5月26日) ニューヨーク市近郊・ヘムステッドにある、ベルモントパーク競馬場で行われた、ピータパンステークスに、サンデーブレイクは参戦し、初重賞制覇を賭けて、出走しました。

SUNDAY BREAK=パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ。

直線で先頭に立った、サンデーブレイクは、2着のパズルメント以下を抑えて、1着となり勝利しました。

「SUNDAY BREAK SUNDAY BREAK SUNDAY BREAK、PUZZE MENT」

「SUNDAY BREAK WIN!」

SUNDAY BREAK=パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ。

SUNDAY BREAK=ヒヒ~ン、ヒヒ~ン、ヒヒ~ン、ヒヒ~ン。」

SUNDAY BREAK=パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ。

SUNDAY BREAK=カポ、カポ、カポ、カポ、カポ、カポ。

ニール・ドライスデール「サンデーブレイク、よくやった。」

SUNDAY BREAK=ヒヒ~ン。

ニール・ドライスデール「お前は、北海道・新冠産の馬だ、ベルモントパークのダートコースも、問題なく走れた、さすが、サンデーブレイクだ、やれば出来るんだ、サンデーブレイク。」

SUNDAY BREAK=ヒヒ~ン、ブルルルルルルル。

ニール・ドライスデール「よしいい子だ、サンデーブレイク。」

SUNDAY BREAK=ヒヒ~ン。

サンデーブレイクは、ピーターパンステークスを制覇し、初重賞制覇を果たしました。

ダートコースのレースに出走し、13戦4勝の成績を残し、アメリカンドリームを成功させた、鹿毛の馬・サンデーブレイクも、2003年7月4日(日本時間・7月5日)に行われた、アメリカンハンデ・4着を最後に、サンデーブレイクは、来年・牡6歳の男馬になる事から、馬主の前田 幸治氏との協議の結果、NTRAでの競走馬生活に終止符を打って引退、種牡馬として繋養生活をすることが、決まりました。

繋養先も、アメリカ・ケンタッキー州・レキシントン近郊・パリスパイクの、GAINESWAYFARM(ゲインズウェイファーム)に決まりました。

ニール・ドライスデール「サンデーブレイク、引退が決まり、本当に残念であるが、ピーターパンステークスなど、4勝しか挙げられなかったのはショックで、お別れせざるを得ないのは寂しいが、種牡馬として通用できる鹿毛の馬に成長出来るまでになった、なあ、サンデーブレイク。」

SUNDAY BREAK=ヒヒ~ン、ヒヒ~ン、ヒヒ~ン、ブルルルルルル。

ニール・ドライスデール「今後、種牡馬として繋養生活を送ることになり、寂しいと想うが、がんばって大きく成長していこう、なあ、サンデーブレイク。」


SUNDAY BREAK=ヒヒ~ン、ヒヒ~ン、ヒヒ~ン。

ニール・ドライスデール「よしいい子だ、サンデーブレイク、長く調教してくれて、ありがとう、サンデーブレイク。」


SUNDAY BREAK=ヒヒ~ン、ブルルルルルルル。


ニール・ドライスデール「元気でね、サンデーブレイク。」


SUNDAY BREAK=ヒヒ~ン、ブルルルルルルル。

SUNDAY BREAK=ブルルル。

サンデーブレイクは、大きく鋭いいななきで、別れを惜しみました。


NTRAでの競争生活に終止符を打ち、引退した、鹿毛のサラブレッド、サンデーブレイク(SUNDAY BREAK)は、この後・馬運車で、ケンタッキー州・レキシントン近郊・パリスパイクの、GAINESWAYFARM(ゲインズウェイファーム)に移動し、長く生活を送ってきた、ニール・ドライスデール厩舎を後にしました。

2004年、ゲインズウェイファームの種牡馬厩舎に、サンデーブレイクが入厩し、春から種牡馬として、スタッドインしました。

SUNDAY BREAK=ヒヒ~ン、ブルルルルルルル。

サンデーブレイクの、種牡馬生活が始まります。

SUNDAY BREAK=ヒヒ~ン、ブルルルルルルル。

2016年6月10日金曜日

SUNDAY BREAK=サンデーブレイク 1

フランス・Haras Du Lionで、2015年~2016年の種牡馬シーズンから、繋養生活を送っている、SUNDAY BREAK=サンデーブレイク

サンデーブレイクは、フォーティーナイナ~と、キャットクイルの仔。

北海道・新冠郡・新冠町の大地が育てた、鹿毛のサラブレッド、それが、SUNDAY BREAK=サンデーブレイク。

SUNDAY BREAK=ヒヒ~ン、ヒヒ~ン、ヒヒ~ン、ヒヒ~ン。

SUNDAY BREAK=パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ。

SUNDAY BREAK=パカッ。


SUNDAY BREAK=ヒヒ~~ン、ブルルルルルルル。

日曜日の休憩という意味のイギリス語に由来する、サンデーブレイクが生まれたのは、1999年4月19日・北海道・新冠郡・新冠町のノースヒルズマネジメント(→現・株式会社ノースヒルズ)で、キャットクイルの1999として生まれた馬だが、2000年・1歳の秋に、カリフォルニア州・ニール・ドライスデール調教師の厩舎と預託契約を交わし、競走馬として、NTRAで競争生活送ることになったので、出国検疫検査を受けた上、飛行機で日本を後に、アメリカへ渡航しました。

サンデーブレイクがデビューしたのは、2001年11月25日(日本時間・11月26日)のことで、この時・メイドン・スペシャル・ウエイトに出走し、2着でレースを終えたのです。

2001年12月26日(日本時間・12月27日)に行われた、2戦目の、メイドン・スペシャル・ウエイトでも3着でレースを終え、2戦0勝で3歳(現・2歳)でのレースを終えました。

2002年1月2日(日本時間・1月3日)の、サンタアニタ競馬場、この日・3戦目のメイドン・スペシャル・ウエイト、サンデーブレイクの4歳緒戦になるレース。

ジョッキーで、アメリカ屈指の騎手でもある、G・スティーブンス騎手が騎乗すると、サンデーブレイクはダートコースに入場しました、11戦目と13戦目以外は、ダートコースでの実戦に挑んでいました。

ファンファーレの吹き鳴らしと共に、サンデーブレイクもゲートに入り、完了していきました。

SUNDAY BREAK=パカ、パカ、パカ、パカ、パカ、パカ、パカ、パカ、パカ、パカ。

SUNDAY BREAK、WIN!

見事に1着となり、デビュー3戦目にして、初勝利を挙げるに至った、サンデーブレイク。

ニール・ドライスデール調教師=サンデーブレイク。

SUNDAY BREAK=ヒヒ~ン、ブルルルルルルル。

ニール・ドライスデール調教師=サンデーブレイク、おめでとう、初勝利あげてよかったね。

SUNDAY BREAK=ヒヒ~ン、ヒヒ~ン、ヒヒ~ン。

サンデーブレイクは、大きい雄たけびで、勝利を挙げました。


厩舎に戻るとき、サンデーブレイクは尻尾を上げました。

SUNDAY BREAK=ウ~~~!

SUNDAY BREAK=ボト、ボト、ボト、ボト、ボト、ボト、ボト、ボト、ボト。

サンデーブレイクは、大きい💩(うんち)を落としていました。

SUNDAY BREAK= ヒヒ~ン、ヒヒ~ン、ㇶヒヒ~ン。

サンデーブレイクは、大きい雄たけびでいななきました。

フォーティーナイナーを父に、キャットクイルを母に持つ、北海道・新冠郡・新冠町生まれの、アメリカンドリームを成功させた鹿毛のサラブレッド、それが、サンデーブレイクです。

SUNDAY BREAK=ヒヒ~~~~ン、ブルルルルルルル。




2016年6月6日月曜日

タニノアーバンシー 遂にデビュー6戦目で待望の初勝利を果たす。


(デビュー6戦目で待望の初勝利を挙げた、タニノアーバ
ンシー(VODKA2013 = ウオッカの2013)・2016年・5月21日・京都競馬場)

女傑・ウオッカの仔では、3番目の産駒になる、タニノアーバンシー(TANINO IURBAN SEA)が、5月21日・京都競馬場で行われた、サラ系3歳未勝利戦にゼッケン番号・7番で出走し、2着のマーティンクリベー・3着のナムラルパンを抑えて1着となり、デビュー6戦目で、待望の初勝利を挙げると共に、母である、女傑・ウオッカの産駒の初勝利を挙げるに至りました。

タニノアーバンシーは、2013年4月23日・午前5時15分(日本時間・午後13時15分)・イギリス・サフォーク州・ニューマーケット郊外のジュモントファーム・バンスデッド・マナースタッド(Yuzou Tanimizu氏の、名義により生産。)で生まれた、女傑・ウオッカを母に持つ産駒の1頭です。

タニノアーバンシーも、凱旋門賞馬・シーザスターズを父に持つ、母・女傑・ウオッカの産駒の1頭で、2014年秋に、オランダ・アムステルダム・スキポール空港(アムステルダム国際空港)発の飛行機で日本へ輸送され、来日したサラブレッドの1頭ですが、毛色が黒鹿毛になった点、異なる馬です。

血統名は、VODKA2013(ウオッカの2013年産駒)です。

ウオッカの2013は、来日後・動物検疫検査所(神奈川県・横浜市・中区)に検疫検査を受けた後、北海道・浦河郡・浦河町の吉澤ステーブルで育成されました。

その後、VODKA2013は、2015年6月11日付で新規馬名登録され、競争馬名は、タニノアーバンシー(TANINO URBAN SEA=冠名・タニノ+凱旋門賞馬・アーバンシー(都会の海・英)より、クリストファー・D・ツイ氏 承認済。)に決まりました。

又・産地馬体検査受検と同時に預託契約を交わした、所属厩舎も、栗東・角居勝彦厩舎に決まり、既に入厩し、ゲート試験も合格した様です。

2015年8月2日・新潟競馬場で行われた、サラ系2歳新馬戦(メイクデビュー・新潟)で、ルグランフリソン(戦慄・仏)の2着に敗れはしましたが、タニノアーバンシー(TANINO URBAN SEA)という競争馬名で、VODKA2013はデビューしました。

その後、惜しいレースが、VODKA2013(タニノアーバンシー)は、続きましたが、牝・3歳になった、2016年5月21日・京都競馬場で行われた、サラ系3歳未勝利戦にゼッケン番号・7番で出走した、VODKA2013(タニノアーバンシー)は、スタートから、終始先頭を走り続けました。

VODKA2013(タニノアーバンシー)は、2着のマーティンクリベー、3着のナムラルパンを抑えて1着となり、デビュー6戦目で待望の初勝利を挙げました。

TANINO URBAN SEA「ヒュヒュヒュ~ン、ブルルルルルルル。」

VODKA2013(タニノアーバンシー)は、大きくかわいいいななきで喜ぶ牝馬のサラブレッドに成長しました。

VODKA2013(タニノアーバンシー)にとって、待望の初勝利をアイルランド・キルディア州・キルディア近郊・ギルタウンのアガ・カーンスタッド・ギルタウンにいる、母 女傑・ウオッカに届けました。

TANINO URBAN SEA「ヒュヒュヒュヒュヒュヒュ~ン、ヒュヒュヒュヒュヒュ~ン、ヒュヒュヒュヒュヒュ~ン。」

VODKA2013(タニノアーバンシー)は、大きいいななきで、アイルランドにいる、母・女傑・ウオッカ(DAM・VODKA)に届けました。

タニノアーバンシー(血統名・VODKA2013)は、美しい紳士の国・英国(イングランド)生まれの、かわいい黒鹿毛の女の子のサラブレッド、それがタニノアーバンシー(血統名・VODKA2013)。


TANINO URBAN SEA「ヒュヒュヒュヒュヒュ~ン、ブルルルルルルル。」

タニノアーバンシー(血統名・VODKA2013)が、初勝利を果たしたことについて、馬主である、谷水雄三氏は、女傑・ウオッカの産駒が、今回・タニノアーバンシー(血統名・VODKA2013)で初勝利を挙げた事で安堵した様子でした。

又・タニノアーバンシー(血統名・VODKA2013)の管理調教師・角居勝彦氏(栗東)は、これまでに、ボラーレ・ケースバイケースなど、女傑・ウオッカの産駒の管理を手掛けたが、死亡・引退による、登録抹消などで2頭をなくしたので、現在・タニノアーバンシー(血統名・VODKA2013)の1頭のみになったとはいえ、今回・デビュー6戦目にして待望の初勝利を挙げました、今後共連勝出来る様、調整し調教していけるよう、精進してまいりますとのコメントを出したのです。

一方、2015年の春に、アガ・カーンスタッド・ギルタウンで、VODKA2015(通称・ウオンケルくん)を無事に出産し、インヴィジブルスピリットと種付交配を行い、受胎して成功した、女傑・ウオッカ(VODKA)は、今年の春・第5仔(当歳)を無事に出産、VODKA2016と命名していて、既に幼年時代を送り始めました。

牝・12歳になった今年は、世界最強馬・フランケルとの種付交配を済ませ、無事に受胎しして成功、2013年に同馬と種付交配しながら、空胎となり、流産し、再種付交配した経験があり、今度は、無事に出産出来る様、マタニティライフを送っています、2017年の春には出産する予定になっているとの事です。

今回・女傑・ウオッカ(VODKA)の産駒で初勝利を果たした、牝・3歳の黒鹿毛のサラブレッド、VODKA2013(競争名・タニノアーバンシー)の次走を期待すると共に、アイルランド・キルディア州・キルディア近郊・ギルタウンの、アガ・カーンスタッド・ギルタウンで、2010年から、繁殖牝馬として繋養生活を送る、女傑・ウオッカ(VODKA)の、今後の更なる活躍を期待したいと想い、願っております。

待望の初勝利・おめでとう、VODKA2013(競争名・タニノアーバンシー)、デビュー6戦目にして初の勝利を挙げたね、アイルランド・キルディア州・キルディア近郊・ギルタウンの、アガ・カーンスタッド・ギルタウンに繁殖牝馬として繋養生活を送っている、母である、女傑・ウオッカ(VODKA)も喜んでおり、次走も連勝するように走ってね、初勝利、おめでとう、タニノアーバンシー(血統名・VODKA2013)。

TANINO URBAN SEA「ヒュヒュヒュ~ン、ヒュヒュヒュ~ン、ヒュヒュヒュ~ン。」


タニノアーバンシー(血統名・VODKA2013)は、美しい英国・サフォーク州・ニューマーケット郊外生まれの、黒鹿毛のかわいい女の子のサラブレッド、それが、タニノアーバンシー(血統名・VODKA2013)。


TANINO URBAN SEA「ヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュ~ン、ブルルルルルルルルルル!」