2015年10月25日日曜日

女傑・ウオッカ アイルランドで0繁殖牝馬として過ごす馬。

ウオッカは、タニノギムレットと、タニノシスターの仔、すっぴんで可愛い鹿毛の馬、それが、女傑・ウオッカ。

VODKA「ヒュヒュヒュ~ン、ブルルルルルルルルル。」

2015年・アイルランド・キルディア州・ギルタウン・アガ・カーンスタッド・ギルタウン(シェシューン。)

VODKA「ヒュヒュヒュ~ン。」

VODKA「ブルルルルルルルルル。」

ウオッカは、大きいいななきを鳴らしました。

VODKA「カポ、カポ、カポ、カポ、カポ、カポ。」

ウオッカは、アイルランドで、繁殖牝馬として繋養生活を送る馬、美しく、可愛い鹿毛の女の子の馬、これが、女傑・ウオッカです。

VODKA「ヒュヒュヒュ~ン、ヒュヒュヒュ~ン、ヒュヒュヒュ~ン。」

ウオッカは、可愛い鹿毛の顔をふりむきながら、歩めていく馬です。

ウオッカは、遠い北海道を想いだしながら、いい蹄で歩めていく馬、これが、ウオッカです。

VODKA「ヒュヒュヒュ~ン、ブルルルルルルルルル。」

スタッフ「VODKA」

VODKA「ヒュヒュヒュ~ン、ブルルルルルルルルル。」

ウオッカは、大きいいななきで、叫びました。

厩舎に戻った、ウオッカは、牧草の敷いた馬房で、心地よく過ごしていくのです。

VODKA「ブルルルルルルルルル、ブルルルルルルルルル。」

ウオッカは、アイルランドの大地に抱かれながら、大きい鼻息で叫んでやりました。

ウオッカは、タニノギムレットを父に、タニノシスターを母に持つ、可愛い鹿毛の女の子の馬、これがウオッカです。

VODKA「ヒュヒュヒュ~ン。」

ウオッカは、可愛い大きないななきで叫ぶ馬です。

ウオッカは、ミロのヴィーナスの額がトレードマークの、可愛い女の子です。

VODKA「フ―――――!」

ウオッカは、大きい息を吹きかけながら、アイルランドの自然を見つめて行く、可愛い鹿毛の女の子の馬です。

今年・牝・11歳の、女傑・ウオッカは、フランケルを父に持つ仔が、既に、日本に競走馬として育成する為、逆輸出され、渡航して行った後であり、インヴィシブルスピリットを、配合種牡馬としており、来年の春には生まれる予定となっている様で、その年には、牝・12歳になろうとしており、さらなる活躍を期待したいと想い、願っております。

2015年10月9日金曜日

HAT TRICK ハットトリック マイルチャンピオンシップ制覇から、10年。

(10年前の、マイルチャンピオンシップを写真判定の末、優勝した、HAT TRICK=ハットトリック)

2005年11月20日・京都競馬場で行われた、マイルチャンピオンシップに、1頭の青鹿毛のサラブレッドが参戦して来た、その名前は、HAT TRICK=ハットトリックです。

2001年4月26日・北海道・勇払郡・追分町(現・安平町)の、追分ファームで、サンデーサイレンスとトリッキーコードの仔として、トリッキーコードの2001として生まれた、HAT TRICK=ハットトリックは、イギリス語のサッカー用語で、1試合で1選手が3得点以上を上げることの意味であり、当時・有限会社 キャロットファームの所有馬として出走しておりました。

デビュー当時・美浦 清水 美波(しみず よしなみ)厩舎・所属の関東馬としてデビューし、頭角を現した、HAT TRICK=ハットトリックも、3歳時の放牧休養の間に、栗東・角居 勝彦(すみい かつひこ)厩舎へ転厩し、関西馬になりました。

2005年11月20日・京都競馬場で行われた、マイルチャンピオンシップのパドックに現れた、HAT TRICK=ハットトリック。

HAT TRICK「カポ、カポ、カポ、カポ。」

ハットトリックは、大きくてたくましい青鹿毛の馬です。

ハットトリックが、マイルチャンピオンシップに出走させた当時・1番人気に支持されていたのは、同じサンデーサイレンスの仔で、母が、サワヤカプリンセスという、栗毛の男馬・デュランダル(DURANDAL=不滅の剣・英 イタリア語読みで、ドウリンダナ)で、HAT TRICK=ハットトリックは、4番人気での出走になっていました。

スタートと同時に、HAT TRICK=ハットトリックは、走り出したが、既に、テレグノシスも出ていて、アルビレオなどのほかの馬群も走っていました。

東京新聞杯では1番人気に支持されて出走し、快勝した、HAT TRICK=ハットトリックも、マイルチャンピオンシップでは、混戦模様での競馬になっていました。

ゴール板通過前、HAT TRICK=ハットトリックは、大きく伸び始め、きわどいゴール板通過となり、写真判定にもつれこんだのです。

HAT TRICK=ハットトリックは、写真判定の末・辛くも優勝し、初めての重賞初制覇を果たしたのです。

HAT TRICK=ハットトリックは、12月11日・香港・シャーティン競馬場で行われた、キャセイパシフィック香港マイルに、アサクサデンエンと共に日本代表馬として遠征し、2着の、ザデューク以下を抑えて優勝、遠征先の香港でのマイル戦を制覇しました。

あれから、10年を迎えます。

通算成績で、21戦8勝の成績を残し、2005年度の最優秀短距離馬にも選定された、HAT TRICK=ハットトリックは、2007年5月8日に現役を引退、5月10日付で競走馬登録を抹消されました。

マイラ―チャンピオンホースとして名をはせた、HAT TRICK=ハットトリックは、2007年6月に、種牡馬として繋養生活を送る為、アメリカ合衆国に輸入され、ケンタッキー州・レキシントン近郊・パリスパイクにある、ウォルマックファームを拠点に、シャトル種牡馬として、オーストラリア・インディペンデントスタリオンズ アルゼンチン・エルマリン牧場で繋養生活を送りました。

その後・HAT TRICK=ハットトリックは、2012年~2013年種牡馬シーズンからは、アメリカ合衆国・ケンタッキー州・レキシントン近郊・パリスパイクにある、お隣のゲインズウェイファームに移り、牡・14歳になった現在も、現役種牡馬として、繋養生活を送っており、来年の4月26日(日本時間・4月27日)には、牡・15歳の誕生日を迎えるとの事で、その時にも、2016~2017年の種牡馬シーズンでも、さらなる活躍を期待したいと想い、願っております。


2015年10月1日木曜日

HAT TRICK Gainesway Farm 2015(3)




(Gainesway Farm(ゲインズウェイファーム)で、スタッフに手綱を持つ、HAT TRICK=ハットトリック)

牡・10歳の11月中旬・同じケンタッキー州・レキシントン近郊・パリスパイクにある、WALMAC FARM LLC(ウォルマックファーム)から移動して来た、ハットトリックは、牡・11歳の時の、2012年~2013年の種牡馬シーズンから、Gainesway Farm(ゲインズウェイファーム)での、繋養生活を開始し、現在もここで種牡馬生活を送っています。

HAT TRICK「ヒュヒュヒュヒュ~ン、ブルルルルルルルルル。」

HAT TRICK「ㇺフ、ㇺフ、ㇺフ。」

HAT TRICK「ウ~~~~!」

HAT TRICK「ボト、ボト、ボト、ボト、ボト、ボト、ボト、ボト、ボト。」


ハットトリックは、大きい緑色のうんこを、出してやりました。

HAT TRICK「パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ。」


ハットトリックは、大きいケンタッキーの大地を、脚で走っては、けっていました。

2015年4月26日(日本時間・4月27日)、ハットトリックは、牡・14歳の誕生日を迎えました。

14年前の、2001年4月26日・北海道・勇払郡・追分町(現・安平町)の追分ファームの生産になる、日本産の馬として生まれてから、14年間に大きく成長しました。

アメリカ合衆国には、2007年6月に、種牡馬として輸入され、4年間・WALMAC FARM LLC(ウォルマックファーム)を拠点に、シャトル種牡馬として、オーストラリア・アルゼンチンでも半年間、繋養生活を送りました。

ハットトリックの、現在の繋養先・Gainesway Farm(ゲインズウェイファーム)には、2011年11月17日(日本時間・11月18日)にやってきており、2012年~2013年の種牡馬シーズンから、同ファームで繋養生活を送っており、現在も種牡馬生活を送っております。





Gainesway Farm(ゲインズウェイファーム)にて、スタッフから、ハットトリックの14回目の、誕生を祝っていました。


サンデーサイレンスとトリッキーコードの仔で、2012年から、アメリカ合衆国・ケンタッキー州・レキシントン近郊・パリスパイクにある、競走馬生産牧場・Gainesway Farm(ゲインズウェイファーム)にて、種牡馬生活を送っている、HAT TRICK=ハットトリックは、来年・牡・15歳となり、2001年4月26日・北海道・勇払郡・追分町(現・安平町)の、追分ファーム産の日本産馬として、トリッキーコードの2001として生まれてから、15周年という記念すべき年を迎えることになりそうで、この時にも、2016年~2017年の種牡馬シーズンでも、さらなる活躍を期待したいと想い、願っております。
(終)

HAT TRICK Gainesway Farm 2015 (2)


(Gainesway Farm(ゲインズウェイファーム)で、種牡馬生活を過ごす、HAT TRICK ハットトリック)

2001年4月26日・北海道・勇払郡・追分町(現・安平町)の、追分ファームで、トリッキーコードの2001として、生まれた、ハットトリックは、現役時代・21戦8勝の成績を残した、チャンピオンマイラーホースで、2005年度の最優秀短距離馬にも選出された、青鹿毛のサラブレッドです。

2007年・牡・6歳の時、アメリカなどの海外の牧場から、南アフリカとアメリカを半年ごとに行き来する、シャトル種牡馬として送れるよう、種牡馬としてスタッドインしてほしいというオファーを出したとの事で、馬主のキャロットファーム(北海道・沙流郡・日高町・門別)もそれに応じ、厩舎関係者と、今後の対応について協議した結果、5月8日・現役引退を発表、同月10日付で登録を抹消、同時に競走馬生活に終止符を打ちました。
(新規競走馬登録を受けた時、早来ホルスタイン市場で行われた、産地馬体検査を受検、同時に預託契約を交わしたときは、美浦・清水 美波厩舎に所属していましたが、登録を抹消した当時は、転厩の関係で、栗東・角居勝彦厩舎に所属しておりました。)

ハットトリックは、馬運車で、宮城県・亘理郡・山元町にある、社台ファームの最終育成場である、山元トレーニングセンター(すでに閉鎖。)にて、出国検疫検査6を、2007年5月26日まで受けました。

2007年5月27日・出国検疫検査を、26日までに終えた、ハットトリックは、馬運車で空港に移動、ストールに積み込まれた後、ストールごと飛行機に積み込まれました。

ハットトリックは、飛行機で、長く住んだ、日本を後に、アメリカへ輸出・渡航されました。

2007年6月・ハットトリックは、シャトル種牡馬として、アメリカ合衆国に輸入され、ケンタッキー州・レキシントン近郊・パリスパイクにある、WALMAC FARM LLC(ウォルマックファーム)を拠点として、2008年~2009年の種牡馬シーズンから、シャトル種牡馬として、オーストラリア・アルゼンチン(インディペンデントスタリオンズ・エルマリン牧場)の2か所で、繋養生活を4年間送りました。

そして、日本にも、ハットトリックを父に持つ産駒が、毎年・1~2頭のペースで輸入され、競走馬登録をを送っております。

2011年11月初旬・牡・10歳の誕生日を4月26日(日本時間・4月27日)で迎えた、ハットトリックは、6000ドルにて、繋養生活を送っていましたが、初年度産駒で、2014年から、ドイツ・カルツフォフ牧場で種牡馬としてスタッドインした、初年度産駒のダビルシムが、フランスの最優秀2歳牡馬に選定されるなどの活躍を見せたことが評価された事を聞きつけた、Gainesway Farm(ゲインズウェイファーム)の代表者・アンソニー・ペック氏(1996年からゲインズウェイファームの社長を務めるようになり、現在に至っています。)が、WALMAC FARM LLC(ウォルマックファーム)を拠点として、シャトル種牡馬として、4年間繋養生活を送っていた、ハットトリックを新繋養馬として送ってほしいとのオファーを、WALMAC FARM LLC(ウォルマックファーム)&ハットトリックパートナーズシップに対し申し入れました。

それに対し、WALMAC FARM LLC(ウォルマックファーム)&ハットトリックパートナーズもそれに応じることになり、同じケンタッキー州・レキシントン近郊・パリスパイクにある、お隣のGainesway Farm(ゲインズウェイファーム)に、ハットトリックを売却しました。

2011年11月17日(日本時間・11月18日)・ハットトリックは、2008年のスタッドイン以来、4年間繋養生活を送った、WALMAC FARM LLC(ウォルマックファーム)を後に、お隣の、Gainesway Farm(ゲインズウェイファーム)に移動しました。

2011年11月19日(日本時間・11月20日)・ハットトリックは、ゲインズウェイファームで行われた、歓迎セセプションに出場し、ゲインズウェイファームに初めて登場する、サンデーサイレンスと、トリッキーコードの仔で、サンデーサイレンスの後継産駒でもある、青鹿毛のサラブレッド・ハットトリックとあって、ケンタッキー州などから参加したサラブレッドブリーダーも関心を寄せていました。

サンデーサイレンスとトリッキーコードの仔・ハットトリックは、2012年~2013年の種牡馬シーズンから、Gainesway Farm(ゲインズウェイファーム)での繋養生活を開始し、現在も繋養生活を送っております。

(その3へ。)