2013年11月5日火曜日

スティンガー サンデーサイレンスとレガシーオブストレングスの仔として生まれた、鹿毛のサラブレッド。(2)

1998年の最優秀3歳牝馬に選出された、スティンガーは、明け牝4歳の最初の重賞・桜花賞にも挑戦したが、プリモディーネの12着に敗れ、デビュー4戦目にして初の敗戦を帰しています。

5月1日に東京競馬場で行われた、サンケイスポーツ賞4歳牝馬ステークス(現・サンケイスポーツ賞フローラステークス)に、出走したスティンガーは、2着のフサイチエアデールを抑えて、1着となり4勝目を挙げました。

2000年・5歳になったスティンガー、1月30日の京都競馬場で行われた、京都牝馬特別で、2着で同じサンデーサイレンス産駒のエイシンルーデンスを抑えて、5勝目を挙げました。

同年の5月14日に、東京競馬場で行われた、京王杯スプリングカップに出走した、スティンガー、2着で英国産馬のブラックホークを抑えて勝利を果たしました。

2001年5月13日・東京競馬場で行われた、京王杯スプリングカップに、2連覇を目指して、すでに5歳(旧・6歳)の鹿毛馬に成長していた、スティンガーは出走しました。

このレースでは、馬主である吉田照哉氏の母・吉田和子氏の所有馬・ゴールドティアラ(外国産馬)も参戦していました。

ゲートオープンと同時に、スティンガーは走り出しました。

ゴールをめざし、快調に走る、スティンガーは、先頭を走りぬけ、2着のスカイアンドリュウを抑えて優勝、連覇を達成しました。

スティンガー「ブルルルル。」

スティンガー「ヒヒ~ン。」

スティンガーは、大きいいななきで、勝利を果たしました。

検査所で、スティンガーは、いいおしっこを出しては、検査筒に入れていました。

スティンガー「バシャ――――――――!」

こうして、スティンガーは、京王杯スプリングカップを連覇で達成し、7勝目を挙げました。

それが、スティンガーが制した、最後のレースとなりました。

スティンガーは、通算成績21戦7勝を挙げるなど活躍しました。

サンデーサイレンスとレガシーオブストレングスの仔として生まれた、サラブレッドのスティンガーは、2002年3月23日に中京競馬場で行われた、高松宮記念で、ショウナンカンプの3着に入る健闘を見せたのをラストランに、現役を引退、同年の3月27日付で登録を抹消し、競走馬生活に終止符を打ちました。

かわいい、おてんばの女の子の馬、サラブレッドのスティンガー(レガシーオブストレングスの1996)は、牝6歳の時の、2002年4月から、北海道・千歳市の、社台ファームで繁殖牝馬として、第2の馬生を送り始め、現在に至っております。

スティンガーは、2003年に最初の産駒・フレンチアイドルを生産し、競走馬として送るも4戦0勝で繁殖牝馬入りした様です。

その後、スコルピオンキッスなど、現在はほとんどが繁殖牝馬として繋養生活を送っている馬を競走馬として生産し送り出しました。

現在・3頭の競走馬が、現役で活躍しており、サトノギャラントが、藤沢和雄厩舎という、スティンガーが現役時代にお世話になった、美浦トレーニングセンターの所属馬として活躍している他、レッドマニッシュが、国枝栄厩舎という、同じ美浦トレーニングセンターの所属馬として活躍しております。

かわいい、おてんばの女の子の馬、サラブレッドのスティンガーの最新鋭産駒は、2011年にチチカステナンゴとの間に生まれた、キングズオブザサンで、栗東トレーニングセンターの荒川義之厩舎に所属していて、今年の10月20日に、新潟競馬場で行われた、メイクデビュー・新潟(サラ系2歳新馬戦)で1着となり初勝利を挙げました。

1996年5月15日に、サンデーサイレンスとレガシーオブストレングスの仔として生まれ、今年の5月15日で、牝・17歳になったスティンガー、18歳になる来年も、母・スティンガーとして、更なる繁殖牝馬生活を送りたいと想い、願っております。

(終)

スティンガー サンデーサイレンスとレガシーオブストレングスの子として生まれた牝馬。

1996年5月15日に北海道・千歳市の、社台ファームで生産された、鹿毛のおてんばの女の子の馬、スティンガーは、サンデーサイレンスとレガシーオブストレングスの子として生産された、かわいいサラブレッドです。

スティンガー「パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ。」

スティンガー「パカッ。」

スティンガー 「ヒヒ~ン、ブルルルル。」

スティンガーとは、英語で針・刺す動物のこと、カクテル名でもあり、ブランデーと、ホワイト・ペパーミントをステアしたもので、1967年(昭和42年)・アメリカ・ニューヨークのコロナ・レストランで生まれた、食後酒の名前でもある馬です。

1998年・2歳になった時に、レガシーオブストレングスの1996からシフトチェンジした、スティンガーは、3月に行われた、産地馬体検査を受検、同時に、美浦・藤沢和雄厩舎と預託契約をかわし、2003年3月27日付で登録を抹消するまで、競走馬生活を送りました。

1998年11月8日の サラ系3歳新馬戦(現・メイクデビュー 東京競馬場)で、スティンガーはデビューしました。

スティンガーは、2着のハートブレイクヒルを抑えて、初勝利を挙げました。

スティンガー「ヒヒ~ン!」

スティンガーは、大きいいななきで、勝利しました。

1998年11月29日に東京競馬場で行われた赤松賞は、スティンガーにとって2戦目、相手が、アーミージャー産駒のステファニーチャンなど、牝馬だけのレースだけに、1番人気にこたえられるのか、注目されたレースになりました。

ゴール前でステファニーチャンなどを振り切って1着になったスティンガーは、2勝目を挙げるに至りました。

同年の12月6日・阪神競馬場で行われた、阪神3歳牝馬ステークス(現・阪神ジュベナイリーズフィリーズ)は、3戦目のスティンガーにとって初の遠征競馬となり、栗東トレーニングセンターの出張厩舎にも入厩させての滞在競馬をしました。

相手が、外国産馬のエイシンレマーズの他、同じサンデーサイレンス産駒の、エイシンルーデンスなど、豪華な東西の牝馬たちがそろいました。

ジョッキーも、横山典弘騎手が騎乗しての参戦となりました。

スティンガーは、2着のエイシンレマーズ以下を抑えて1着となり、3歳女王に輝きました。

(その2へ。)