2017年7月17日月曜日

Stright Girl ストレイトガール イギリスで繁殖牝馬生活を送る、牝・8歳の女馬。




 Stright Girl「ヒヒ~ン、ヒヒ~ン、ヒヒヒ~ン。」

Stright Girl「ヒヒ~ン。」

Stright Girl「パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ。」

Stright Girl「パカッ。」

Stright Girl「ヒヒ~ン。」

まっすぐな少女という意味の、イギリス語に由来する、ストレイトガール。

昨年・牝・7歳の時に日本から渡航してきた、牝馬のサラブレッドです。

現役時代・栗東 藤原 英昭厩舎に所属し、31戦11勝の成績を残した、ストレイトガールは、2016年11月13日付で登録を抹消され、千葉県・香取市の下河辺牧場・千葉分場で出国検査をへて、同年12月1日に飛行機で、日本を後に、繋養地・イギリスにむけて渡航しました。
現在・繁殖牝馬として、繋養生活を送っている、イギリス・サフォーク州・ニューマーケットの、ザ・ナショナルスタッドには、2016年12月2日(日本時間・2016年12月3日)に到着し、着地検査をへて、2017年から新繁殖牝馬として繋養を開始しました。

今年の6月18日には、阪神競馬場で行われたサラ系3歳未勝利戦で、妹に当たる、ハニートリップ(Honey Trip=愛する人への旅・英)が競走馬として、10着に敗れはしましたが、初出走し、大好きな馬の1頭として、デビューを果たすに至りました、ネヴァーピリオドの2014が血統名の、ハニートリップの。今後の活躍を期待したいと想い、願っております。

3月12日(日本時間・3月13日)・ストレイトガールの、牝・8歳の誕生日を迎えました。

昨年の12月2日(日本時間・12月3日)に、イギリス・サフォーク州・ニューマーケットの、ザ・ナショナルスタッドに繁殖牝馬としてやってきた、ストレイトガールは、今年から、同スタッドで繁殖牝馬生活を開始した、ネヴァーピリオドの2009の血統名を持つ、ストレイトガールは、新繁殖牝馬としてのさらなる活躍を誓いあいました。

牝・7歳の時に、日本から繁殖牝馬として、イギリス・サフォーク州・ニューマーケットの、ザ・ナショナルスタッドにやって来た、FUJIKISEKI産駒の1頭・Stright Girl=ストレイトガール(まっすぐな少女・英)。

6月に初年度配合種牡馬・フランケルとの種付交配に挑み、2018年の春には初年度産駒が生まれる予定になっていて、その後・アメリカ合衆国の3冠馬・アメリカンファラオとの種付交配をする為、同国に渡航するとの事で、ストレイトガールの初年度産駒は、2020年には、外国産の逆輸入馬として日本で競走馬デビューするとの事で、ヴィクトリアマイル・V2馬・ストレイトガールの英国繋養新繁殖牝馬としての活躍を期待したいと想い、願っております。

牝・8歳の誕生日おめでとうございます、今年からイギリスで繁殖牝馬として繋養生活を開始した様で、初年度配合種牡馬が、世界最強馬・フランケルとの事で、無事に出産できるよう、元気な姿で繁殖牝馬として送ってね。

ストレイトガール、どうかご無事で繁殖牝馬生活を送って行ってね、お幸せに!





2017年6月28日水曜日

女傑・ウオッカ アイルランド・アガ・カーン・スタッド ギルタウンで繁殖牝馬として過ごす、伝説の少女 2017(2)

アガ・カーン・スタッドのウオッカ。

VODKA「ヒュヒュヒュ~ン。」

VODKA「パカッ。パカッ、パカッ。」

VODKA「パカッ、パカッ、パカッ、パカッ。」

VODKA「パカッ。」

VODKA「ヒュヒュヒュ~ン、ブルルルルルルルル。」

2010年4月から、アイルランド・キルディア州・キルディア近郊・ギルタウンの、アガ・カーン・スタッド ギルタウンで繋養生活中の、女傑・ウオッカは、今年・産駒の出産が遅いこともあり、2017年度の種付交配を見送っていて、来年度には種付交配を再度するとの事です。


通算・26戦10勝の成績を挙げており、2008・2009年の年度代表馬及び、最優秀4歳上牝馬に選出された、女傑・ウオッカも、牝・13歳となりましたが、一時・繁殖牝馬を休業しているとの事です。

タニノギムレットとタニノシスターの仔として生まれた、ウオッカが、アガ・カーン・スタッド ギルタウンに来たのは、2010年3月の事で、それまで、現役競走馬として活躍してきました。
2歳の時には、最優秀2歳牝馬を総なめにした鹿毛のサラブレッドで、2007年には特別賞をを受賞するなど、競走馬として活躍した、女傑・ウオッカも、現役引退後の2011年には顕彰馬の1頭に選出されました。

ドバイ・ワールドカップ・ミーティングにも何回か招待を受諾しては遠征をしており、2010年3月4日に行われた、マクトゥームチャレンジ・ラウンド3(8着)をラストランとして、鼻出血症がもとで惜しくも現役引退し、女傑・ウオッカは競走馬生活に終止符を打ちました。

すっぴんでかわいい鹿毛の馬、女傑・ウオッカは、2010年4月から繁殖牝馬として生活しており、現在も生活しておりますが、今年・遅い出産をしたことから、一時・繁殖牝馬を休業しており、来年の5月頃からは種付交配を再開するとの事で、その時には、女傑・ウオッカも、いい産駒を出産させてくれることを、期待したいと想い、願っております。



2017年6月18日日曜日

女傑・ウオッカ(VODKA)アイルランド・キルディア州・キルディア近郊・ギルタウンで繁殖牝馬として繋養生活を送る 伝説の少女・2017




(2010年4月から、アイルランド・キルディア州・キルディア近郊・ギルタウンの、AGA KHAN STUD GILLTOWN(アガ・カーン・スタッド ギルタウン)で、繁殖牝馬として繋養生活を送っている、伝説の少女 女傑・ウオッカ(VODKA) )

VODKA「カポ、カポ、カポ、カポ。」

VODKA「ブルルルルルルルル。」

VODKA「ヒュヒュヒュヒュヒュ~ン、ブルルルルルルルル。」

ウオッカは、すっぴんでかわいい鹿毛の馬、2010年3月16に、アイルランド・キルディア州・キルディア近郊・ギルタウンの、アガ・カーン・スタッド ギルタウンに、遠征先のドバイから海を渡ってやって来た、伝説の少女、これが、女傑・ウオッカ。

VODKA「ヒュヒュヒュヒュヒュ~ン、ヒュヒュヒュヒュヒュ~ン、ヒュヒュヒュヒュ~ン。」

2017年5月23日(日本時間・5月24日)

2016年に種付交配を行い、受胎して成功した、第6仔・VODKA2017(父・FRANKEL 通称・VONKELⅡ君)を、無事に出産させたのです。

今年 牝・13歳の伝説の少女、女傑・ウオッカ(VODKA)は、出産が遅かった為、2017年度の種付交配は行わず、2018年度に行うことが明らかにしたとの事です。

女傑・ウオッカも、繁殖牝馬として繋養生活を送っていながら、繁殖生活を一時・休業することになったのです。

6月10日(日本時間・6月11日)AGA KHAN STUD GILLTOWN(アガ・カーン・スタッド ギルタウン)の放牧場に放たれた、女傑・ウオッカ。

VODKA「ヒュヒュヒュヒュ~ン、ヒュヒュヒュヒュ~ン、ヒュヒュヒュヒュ~ン。」

VODKA「パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ。」

VODKA「パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ。」

VODKA「パカッ、パカッ、パカッ。」

VODKA「ヒュヒュヒュヒュ~ン。」

VODKA「ブルルルルルルルル。」

女傑・ウオッカは、声高くいなないては、アイルランドの大地を脚で蹴っていました。

VODKA「ニョロ、ニョロ、ニョロ、ニョロ。」

VODKA「バシャ~~、ジャ~!」

女傑・ウオッカは、気持ちいい緑色のおしっこ(尿 
を出してやっては、体を整えていました。

4月4日(日本時間・4月5日)に、牝・13歳の誕生日を迎えた、女傑・ウオッカは、通算成績・26戦10勝の成績を残しており、2008年・2009年の年度代表馬及び最優秀4歳上牝馬にも選出された伝説の少女で、2007年には、特別賞を受賞したほか、2011年には、顕彰馬にも選出された、かわいい鹿毛の馬であり、2010年4月からは、アイルランド・キルディア州・キルディア近郊・ギルタウンの、アガ・カーン・スタッド ギルタウンで繁殖牝馬として、牝・13歳になった現在も、ヨーロッパ繋養繁殖牝馬として生活中の、女傑・ウオッカは、2018年度に種付交配を再開させる予定にしているとの事で、さらなる活躍を期待したいと想い、願っております。

(追記)
2015年に生まれた、女傑・ウオッカの4番仔・VODKA2015(通称・ウオンケル君)ですが、冠名・タニノに、父 世界最強馬・フランケルの仔である事から、タニノフランケル(TANINO FRANKEL)という名前で競走馬登録されることが、決まったとの事です。

2017年2月26日日曜日

HAT TRICK=ハットトリック 2017 牡・16歳になった青鹿毛の馬 遂に産駒の日本競馬(中央競馬)初勝利を飾る。

http://www.gainesway.comallpns/hat-trick/

2017年・アメリカ・ケンタッキー州・レキシントン近郊・パリスパイク。

サンデーサイレンスとトリッキーコードの仔である、HAT TRICK= ハットトリックも、牡・16歳。

2007年にシャトル種牡馬としてアメリカに輸入されてから、10年という節目の年も、5000万ドルと減額されての、繋養生活を送る、ハットトリック。

サンデーサイレンスの後継産駒として、アメリカで繋養生活を送る、青鹿毛のサラブレッドです。

HAT TRICK「ヒュヒュヒュ~ン。」

HAT TRICK「パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ。」

HAT TRICK「パカッ。」

HAT TRICK「ヒュヒュヒュ~ン、ブルルルル。」

アメリカで最大のサラブレッド生産州・ケンタッキー州。

そこの、レキシントン近郊・パリスパイクに、Gainesway Farm(ゲインズウェイファーム)があります。

2012年~2013年の種牡馬シーズンから、ゲインズウェイファームで繋養生活を送っている、ハットトリックは、サンデーサイレンスの後継産駒の1頭で、トリッキーコードを母に持つ、トリッキーコードの2001が血統名の青鹿毛の馬です。

16年前の、2001年4月26日・北海道・勇払郡・追分町(現・安平町)・追分向陽1233-1番地の追分ファーム・生産の日本産青鹿毛馬でもある、ハットトリック(1選手が1試合で3得点以上を挙げることの意味・英=サッカー用語。)は、現役時代、日本の中央競馬で、21戦8勝の成績を挙げ、最優秀短距離馬(2005年度)にも輝いた、青鹿毛のサラブレッドです。

ハットトリックは、2007年・牡・6歳の時に、シャトル種牡馬として、アメリカに輸入され、ケンタッキー州・レキシントン近郊・パリスパイクにある、ウォルマックファーム(WALMAC FARM LLC)を、拠点として、オーストラリア・インディペンデントスタリオンズ アルゼンチン・エルマリン牧場で、シャトル種牡馬として繋養生活を送り、ダビルシム・ハウグレートなどの産駒を輩出しました。

ハットトリックが、牡・10歳の男馬に成長した、2011年の11月に、2008年の繋養開始以来、長く繋養生活を送った、ウォルマックファーム(WALMAC FARM LLC)を後に、お隣のゲインズウェイファームに移り、2012年~2013年の種牡馬シーズンから、同ファームで繋養生活を送り、現在に至っております。

Gainesway Farmの種牡馬厩舎には、ハットトリックの他、タピット・タピザーなどの一流繋養種牡馬が、生活しております。

HAT TRICK「ブルルルルルル。」

HAT TRICK「 ヒュヒュヒュ~ン。」

HAT TRICK「ウ~~~~!」

HAT TRICK「ボト、ボト、ボト、ボト、ボト、ボト。」

ハットトリックは、大きくて、緑色の💩(うんこ)を落としてやりました。

HAT TRICK「ボト、ボト、ボト、ボト。」

HAT TRICK「ムフ。」

HAT TRICK「ヒュヒュヒュ~ン。」

ハットトリックは大きい雄たけびでいなないては、においをかいでいました。

放牧場にいた、ハットトリックは、カポカポと歩めては、景色を眺めていました。

HAT TRICK「ニョロ、ニョロ、ニョロ、ニョロ。」

HAT TRICK「バシャ~~~~~~~!」

HAT TRICK「ジャ~~~~~~~~~~~~!」

ハットトリックは、おおきくて気持ちいいおしっこ(尿)出してやりました。

ゲインズウェイファームの放牧場で、ハットトリックは、大きいおしっこを出してやりました。

ハットトリックは、大きいおしっこを出しながら、気持ちよく牧草の生えた大地で過ごしていく青鹿毛の馬です。

HAT TRICK「ムフ、ムフ、ムフ、ムフ。」

HAT TRICK「ウ~~~~~~!」

HAT TRICK「ボトボトボトボトボトボト。」

ハットトリックは、大きい💩(うんち)を落としてやりました。

HAT TRICK「ブルルルルルル、ブルルルルルル。」

ハットトリックは、大きい鼻息をケンタッキー州・レキシントン近郊・パリスパイクの空に鳴らしてやりました。


ハットトリックは、青い尻尾を、揺らしていました。

HAT TRICK「プ~!」
ハットトリックは、臭いおならを嗅いでいました。

HAT TRICK「ボト、ボト、ボト、ボト、ボト、ボト。」

ハットトリックは、大きい💩(うんち)を、放牧場の大地に落としてやりました。

HAT TRICK「ヒュヒュヒュヒュ~ン。」

ハットトリックは、大きく声高くいななきました。

ハットトリックは、声高くいななく馬です。

美しくきれいな青鹿毛の馬体を持つ、牡のサラブレッド、それが、ハットトリックです。

HAT TRICK「ヒュヒュヒュヒュ~ン!」

2017年2月12日・京都競馬場で行われた、サラ系3歳未料理戦に、1頭のHAT TRICK=ハットトリック産駒の馬が出走しました。
GOLD HAT=ゴールドハット(黄金の帽子という意味・英)と呼ばれるこの馬は、母がパティーオ―ラ―イという牝馬で、血統名が、パティ―オ―ラ―イの2014との事です。

ゴールドシップの、合同会社小林英一ホールディングスの所有になる、ゴールドハットは、2016年に初来日し、父・ハットトリックが、現役時代にお世話になった、角居勝彦厩舎(栗東)に所属する黒鹿毛の馬で、前走は2着だったが、今回・2着のナオアンドユリ、3着のヤマニンペタラーダを抑えて、1着となり、デビュー2戦目で待望の初勝利を挙げ、父・ハットトリック産駒馬の中央競馬初勝利を挙げるに至りました。

今年の4月26日(日本時間・4月27日)で、牡・16歳の誕生日を迎える、HAT TRICK=ハットトリック。

今年の種付け料が5000万ドルと設定されており、アメリカに輸入されてから、今年の6月1日(日本時間・6月2日)で、10年を迎えるとのことで、ゴールドハットが勝ち名乗りを挙げたことで、ゲインズウェイファームで繋養生活を送っている、マイラーチャンピオンホース・ハットトリックも、待望の、日本の中央競馬初勝利を挙げるに至ったのです

イギリス語のサッカー用語で、1選手が1試合で3得点以上を挙げることの意味の、HAT TRICK=ハットトリック。

アメリカ・ケンタッキー州・レキシントン近郊・パリスパイクにある、Gainesway Farm= ゲインズウェイファームで2017年~2018年度の種牡馬シーズンをこなせるのか、期待したいと想い、願っております。
HAT TRICK「ヒュヒュヒュヒュ~ン、ブルルルルルルルル。」

2017年1月14日土曜日

Mr CB ミスターシービー 昭和を代表する、3冠馬の1頭

(共同通信杯4歳ステークス(現・共同通信通 信杯)を制覇した、現役時代のミスターシービー 東京競馬場・S58年)

1983年当時・グッドルッキングホースといわれ、三大競争ともいわれる、皐月賞・日本ダービー・菊花賞の、三冠レースをを制覇し、シンザン以来19年ぶりに三冠馬に輝き、1984年の天皇賞・秋では、四冠を達成し、完全復活を果たした馬でありながら、翌年の三冠馬・シンボリルドルフを倒せないまま、競争生活にピリオドを打った、ミスターシービー、その戦績も15戦8勝の成績を残した、黒鹿毛の馬だ。

1980年4月7日・北海道・浦河郡・浦河町の岡本牧場で千明牧場の名義で生産された、ミスターシービー(みすたあ しいびい)は、牡・3歳(現・牡・2歳)の時に、美浦・松山康久厩舎(すでに解散。)に入厩し、1982年(昭和57年)11月6日・東京競馬場で行われた、サラ系3歳新馬戦(現・メイクデビュー・東京) 1着で中央競馬にデビュー、ミスターシービーは、黒松賞でも2勝目を挙げたものの、ひいらぎ賞では、ウメノシンオーをかわすことが出来ず、初の敗戦を帰したが、1982年の最優秀3歳馬に選出されたのです。

1983年・牡・4歳(現・牡・3歳)になった、ミスターシービーは、緒戦の共同通信杯4歳ステークス(現・共同通信杯)で、ひいらぎ賞で優勝した、ウメノシンオー以下を下して優勝、3勝目を挙げると、中山競馬場で行われた、報知杯弥生賞を制覇して4勝目、同競馬場で行われた、皐月賞にコマを進めたが、この時、ライバル馬の1頭・メジロモンスニーも参戦してのレースとなり、それを抑えて、1着となり、三冠レースの1冠目を奪いとったのです。
(第50回・日本ダービーを制覇して、2冠目を達成した時の、ミスターシービー(Mr CB) 東京競馬場で。)

1983年5月29日・東京競馬場で行われた、第50回・日本ダービーに、出走した、ミスターシービー、この時、12番のゼッケンをつけて、出走した。

ミスターシービーの名前・CBとは、千明牧場のイニシャルネームで、当時のミスターとは、東京読売巨人軍の長嶋茂雄で、もし、トウショウボーイとシービークインの仔が、千明牧場を代表する男馬になってほしいという願いを込め、この馬にミスター(Mr)の称号を送ったことから、この名前になった。

ミスターシービーは、2着のメジロモンスニー以下を抑えて、優勝、二冠を達成した。

しかし、キクノフラッシュの進路が狭くなったとの事で、一時・審議になったが、3万円以下の過怠金(罰金)が3名、騎乗停止(6月30日まで。)が、1名の、計・4名に上った。

Mr.CB「ヒヒ~ン、ヒヒ~ン、ヒヒヒヒヒヒヒ~ン。」

ミスターシービーは、大きい雄たけびを鳴らした。

検査施設に行かれた、ミスターシービーは、大きいおしっこ(尿)を出しては、検査筒に入れていたのです


二冠を達成した、ミスターシービーは、長い休養に入りましたが、夏風邪で、牧場に放牧に出せず、美浦・松山康久厩舎で過ごすことになりました。

美浦・松山康久厩舎。

ミスターシービーは引退までの間、長く過ごしていました。

Mr.CB「ファ~!」

Mr.CB「ウ~~~~!」

Mr.CB「ボト、ボト、ボト、ボト、ボト、ボト、ボト、ボト、ボト、ボト。」

ミスターシービーは大きい💩(うんち)を出してやりました。

ミスターシービーは大きいうんこを落として体を整えていました。

秋に入り、菊花賞トライアルとして知られた、京都新聞杯に、ミスターシービーは出走させたものの、2敗目を帰していました。


(第44回・菊花賞で、19年ぶりに三冠馬となる、ミスターシービー。)



1983年11月13日・第44回・菊花賞が、京都競馬場で行われ、当時・単枠指定馬として出走していた、ミスターシービーは、2着の馬などを抑えて優勝し、19年ぶりに三冠馬に輝いたのです。

1983年の年度代表の馬に輝いた、ミスターシービーは、牡・5歳の時の、1984年10月28日・東京競馬場で行われた、、第90回・天皇賞・秋で、1分59秒3のレコードタイムで優勝、四冠馬に輝くと共に。完全復活をアピールしました。

それが、ミスターシービーが勝利を果たした、最後のレースになろうとは、想いもよりませんでした。

ミスターシービーは、1985年(昭和60年)・牡・6歳の時に、京都競馬場で行われた、第91回・天皇賞・春で、皇帝馬・シンボリルドルフの5着に終わったのを最後に、骨膜炎がもとで、惜しくも引退、10月6日(日曜日)・東京競馬場で行われた、引退式は、ゼッケン番号・13番で登場し、ラストランを行い、ターフに別れを告げました。
(1985年10月6日・東京競馬場であいにくの雨の中行われた、ミスターシービー(Mr.CB)の引退式。)

ミスターシービー(Mr.CB)は、1986年(昭和61年)から、北海道・勇払郡・早来町(現・安平町)源武276番地の、社台スタリオンステーション・早来で、種牡馬として繋養を開始し、1992年には、レックス(LEX)スタッドに移動して、1999年(平成11年)に、秋の種付けシーズンで引退するまで繋養生活を送り、2000年(平成12年)には、功労馬として、千葉県・成田市・本城の、千明牧場・三里塚分場で、繋養されていましたが、2000年(平成12 年)12月15日・蹄葉炎による衰弱の為、牡・20歳(人間に例えれば、60~70歳前後)で、息を引き取りました。

この間、1986年(昭和61年)には、長年の功績により、顕彰馬にも選出された様で、今後も、天国に今も眠る、ミスターシービー(Mr.CB)を見守っていこうと想い、願っております。

グッドルッキングホース・ミスターシービー(Mr.CB)の、さらなるご冥福をお祈りしたいと想い、願っております。






2016年12月18日日曜日

Staright Girl=ストレイトガール イギリスでの新生活。

12月1日・1頭のFUJIKISEKI産駒の馬が、繫殖牝馬としてイギリスにむけて、渡航し、サフォーク州・ニューマーケット近郊 ナショナルスタッドにて新生活を送る為、日本を後に長い旅に就き、12月2日(日本時間・12月3日)・ロンドン・ヒースロー空港でストールごと飛行機を降し、馬運車で、サフォーク州・ニューマーケット近郊・ナショナルスタッドに移動し、到着しました。

それが、Staright Girl=ストレイトガールです。

ストレイトガールが繋養される、ナショナルスタッドは、に、ファービジットツアーを行ったり、競馬博物館を運営したり、コーヒーショップを運営したりと多角経営をしておりますが、1963(昭和38年)以来、繁殖牝馬をイギリス各地の、他の牧場に売却されて以来、2016年まで、繁殖牝馬を繋養していませんでした。

数十年ぶりに、繫殖牝馬を繋養にする当たり、Staright Girl=イギリス語でまっすぐな少女という意味に、白羽の矢が当たったのです。

ストレイトガールは、FUJIKISEKIとNEVER PILIODの仔で、2009年3月12日に、北海道・浦河郡・浦河町の岡本牧場で生産された、
鹿毛の牝馬のサラブレッドです。

Staright Girl=ストレイトガール(イギリス語でまっすぐな少女という意味)は、今年の11月13日に、競走馬登録を抹消されるまで、中央競馬で29戦11勝(内・海外 2戦0勝)の、計・31戦11勝の成績を残した、内国産馬で、栗東・藤原 英昭厩舎に所属していて、G1・3勝の実績(ヴィクトリアマイル・2勝 スプリンターズステークス・1勝)の成績を残した、牝馬のサラブレッドで、牝・7歳の時に、東京競馬場で行われた、第11回・ヴィクトリアマイルで、2着・ミッキークイン・3着・ショウナンパンドラを抑えて優勝、連覇を達成したのが、ラストランレースとなり、8月31日に現役引退を発表し、10月30日・天皇賞(秋)の開催された、東京競馬場で引退式が行われ、多くの競馬ファンに惜しまれつつ、引退し、その後、11月30日まで、下河辺牧場・千葉分場(千葉県・香取市)で、出国検疫検査を受けていました。

当初・下河辺牧場・千葉分場似て繫殖牝馬して送ることにしていた、ストレイトガールでしたが、ナショナルスタッドは、StarightGirl=ストレイトガールを同・スタッドでの新繋養馬として送る様要請のオファーを出したことで応じることになり、12月1日には新東京国際空港(成田市)に移動し、ストールごと飛行機に載せられ、離陸と同時に、繋養地・イギリス・サフォーク州・ニューマーケット近郊 ナショナルスタッドにむけて長い渡航の旅につき、長く住んでいた、日本を後にしてやって来ました。

サフォーク州・ニューマーケット近郊の、ナショナルスタッドに到着した、Staright Girl=ストレイトガールは、馬運車を降りた後、久々に設けられた、繫殖牝馬厩舎の新しい厩舎に入り、旅の疲れをいやしており、着地検疫検査も受けた後、同厩舎で新生活を開始しました。

Staright Girl「ブルルルルルルルル、ブルルルルルルルル。」

Staright Girl「ヒヒ~ン、ヒヒ~ン、ヒヒ~ン。」

ストレイトガールは、大きい鼻声でいななきました。

11月30日まで、日本にいており、この時は、検疫検査など出国検査を受けていた、ストレイトガールは、繋養地・イギリス・サフォーク州・ニューマーケット ナショナルスタッドに到着た時は、ストールごと飛行機に載せられて、長い旅の疲れを見せておりました。

ストレイトガールの在厩した、栗東・藤原 英昭厩舎には、半妹で、マンハッタンカフェを父に持つ、ハニートリップ(Honey Trip=愛する人の旅・英)が、広尾レースホース株式会社の所有馬として、新規競走馬登録を受け、ゲート試験を受けて合格したものの、成長放牧が必要になり、一時的に、吉澤ステーブルWESTにいるとの事で、今後の帰厩後の調整が課題になりながら、デビューをめざして行くとの事で、期待したいと想い願っているとの事です。

来年から、イギリス・サフォーク州・ニューマーケット近郊の、ナショナルスタッドにて、繫殖牝馬として、新生活を送る、ストレイトガールの初年度配合種牡馬は、フランケル(FRANKEL)になりそうで、その後、アメリカ三冠馬・アメリカンファラオとの種付け交配をする為、アメリカに渡航するとの事で、2018年には、初年度産駒が、ストレイトガールの2018として生まれる予定にしており、2020年には、競走馬として、日本でデビューするとの事であり、ストレイトガールを母に持つ、ストレイトガール2世の誕生を期待したいと想い、願っています。

ストレイトガール、イギリス・サフォーク州・ニューマーケット近郊の、ナショナルスタッドにて繫殖牝馬としていい仔馬を産んで行ってね、どうぞお幸せに!The National Stud

2016年12月5日月曜日

ストレイトガール 遂にイギリスへ出国、日本を後にする。

(遂に、繋養地・イギリス・サフォーク州・ニューマーケット近郊のザ・ナショナルスタッドにむけて、日本を後にした、ストレイトガール)


11月13日付で、登録抹消された、ストレイトガール(Starght Girl=イギリス語で、まっすぐな少女という意味・父FUJIKISEKI・母・ネヴァーピリオド・牝・7歳・血統名・ネヴァーピリオドの2009・2009年3月12日生まれ・北海道・浦河郡・浦河町・岡本牧場・生産)が、11月30日で出国検疫検査を終了し、馬運車で千葉県・香取市の、下河辺牧場・千葉分場を後に、成田市の新東京国際空港にむかいました。

新東京国際空港に到着した、ストレイトガールは、ストールに積み替えられ、ストールごと飛行機に積み込まれました。

ストレイトガールは、同空港発の飛行機で、馬主の廣崎利洋ホールディングス株式会社などの、日本の関係者の皆さんに見送られて離陸、長く過ごしてきた、日本を後に、繋養地・イギリス サフォーク州・ニューマーケット近郊の、ザ・ナショナルスタッドに向けて渡航して行きました。


来年から、イギリス・サフォーク州・ニューマーケット近郊 ザ・ナショナルスタッドにて、繫殖牝馬として繋養生活を送るストレイトガールは、初年度は、世界最強馬・フランケルと種付け交配をを行い、2018年には初年度産駒が出産する予定になっており、その後・アメリカ三冠馬・アメリカンファラオと、種付け交配をする為に、アメリカにも渡航して生活を送るとの事で、フランケルとの間に生まれた、初年度産駒・ストレイトガールの2018は、2019年には、日本に外国産馬の逆輸入馬として、日本に渡航され、2020年には、競走馬として中央競馬でデビューする予定になっているとの事です。

ヴィクトリアマイルを連覇するなど31戦11勝の成績を残した、ストレイトガールは、来年から、イギリス・サフォーク州・ニューマーケット近郊・ザ・ナショナルスタッドで繁殖牝馬として新生活を送るとの事で、同・スタッドに到着後、着地検査を受けた後、繋養生活を送るとの事で、イギリス語でまっすぐな少女という意味の、ストレイトガールの繁殖牝馬としての活躍を期待したいと想い、願っています。

競走馬生活、お疲れ様、31戦11勝の成績を残した、鹿毛の女の子の馬・ストレイトガール、イギリスで繫殖牝馬としていい仔馬を出産し産んで行ってね。

さようなら、ストレイトガール、繫殖牝馬として元気で新生活を送ってね、どうぞ、お幸せに!