2018年5月21日月曜日

(2017年1月から繫殖牝馬としてイギリス・ニューマーケットのザ・ナショナルスタッドで繋養されている、ストレイトガール)

(今回・生まれた、ストレイトガールの初年度産駒 ストレイトガールの2018・父 世界最強馬・フランケル FRANKEL)

THE NATIONAL STUD(ナショナルスタッド)

2015年・2016年 ヴィクトリアマイル(東京競馬場)の優勝馬で、2017年から、イギリス・サフォーク州・ニューマーケットの、ザ・ナショナルスタッド(THE NATIONAL STUD)で、繫殖牝馬として繋養生活を送っています、FUJI KISEKIとNEVER PILIODの仔・Straght Girl=
ストレイトガール(イギリス語でまっすぐな少女という意味・血統名 ネヴァーピリオドの2009)が、2月11日(日本時間・2月12日)に、同スタッドで、ストレイトガールの2018(父・世界最強馬 フランケル=FRANKEL)を、無事に出産した事が判明しました。

北海道・浦河郡・浦河町の岡本牧場の生産の日本産馬である、ストレイトガールは、2016年11月13日に登録を抹消されるまで、廣崎利洋HD(株)の所有馬として、栗東・藤原 英昭厩舎に所属していた競走馬で、31戦11勝(海外・2戦0勝)の成績を残した鹿毛のサラブレッドで、2016年11月13日付で競走馬登録を抹消されました。

2016年11月13日の競走馬登録抹消に先立ち、2016年10月30日に、東京競馬場で行われた、引退式に参列し、口どり式で馬主の廣崎利洋氏(廣崎利洋HD(株)・代表)らが口どり式をして、競馬ファンたちからストレイトガールの活躍を称え、まっすぐな少女という意味のイギリス語の名に恥じない活躍を見せました。

ストレイトガールは、2016年11月30日まで、下河辺牧場・千葉分場で、出国検疫検査を済ませた後、同年12月1日・新東京国際空港へ移動し、そこでストールに積み替えられて行き、夜発の飛行機で名残惜しい日本を後にイギリスへ渡航しました。

牝・8歳の時の2017年から、ストレイトガールは、イギリス・サフォーク州・ニューマーケットのTHE NATIONAL STUD(ザ・ナショナルスタッド)で、北海道・浦河郡・浦河町の、岡本牧場・生産の馬では、初の英国繋養繫殖牝馬として生活を送っていて、現在に至っており、2017年3月12日(日本時間・3月13日)には、牝・8歳の誕生日を迎えていて、世界最強馬 フランケルとの間で行われていた種付け交配も成功し、優雅なマタニティライフを送り、今回・無事にストレイトガールの」2018を出産しました。

ストレイトガールの2018は、2019年の秋には日本へ競走馬生活を送るため外国産馬の逆輸入馬として来日することになっており、2020年には競走馬としてデビューする予定にしているとの事です。

今回・イギリス・ニューマーケット生まれのストレイトガールの2018として無事に出産した、ストレイトガールの初年度産駒が、日本で競走馬デビューを果たせるのか、期待したいと想い、願っております。

2018年3月26日月曜日

女傑・ウオッカ 14歳の伝説の少女の牝馬。

(アイルランド・キルディア州・キルディア近郊・ギルタウンの、アガ・カーンスタッド・ギルタウンで2010年4月1日(日本時間・4月2日)から、繫殖牝馬として繋養生活を送っている、女傑・ウオッカも、4月4日(日本時間・4月5日)で、牝・14歳の誕生日を迎える。)

VODKA「ヒュヒュヒュ~ン。」
VODKA「パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ。」
VODKA「パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ。」
VODKA「パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ。」
VODKA「パカ、パカッ。」
VODKA「ブルルルルルルル、ブルルルルルルル。」
VODKA「ヒュヒュヒュ~ン、ヒュヒュヒュ~ン、ヒュヒュヒュ~ン。」

2004年にタニノギムレットを父に、タニノシスターを母に持つ、すっぴんで可愛い鹿毛の馬として、北海道・静内郡・静内町(現・日高郡・新ひだか町)のカントリー牧場(2012年3月31日で、閉鎖・解散し清算され、競走馬自家生産事業から撤退した。)でタニノシスターの2004として生まれ、中央競馬で26戦10勝の成績を誇る最強女王として活躍した、すっぴんで可愛い鹿毛の馬・女傑・ウオッカ。
2006年の最優秀2歳牝馬を総なめにしたほか、2008年・2009年の年度代表馬にも選出され、2007年には特別賞を授賞した、伝説の少女も、今年・牝・14歳。
女傑・ウオッカは、2010年3月3日(日本時間・3月4日)アラブ首長国連邦(UAE)・ドバイ・メイダン競馬場で行われた、ドバイワールドカップ・マクトゥームチャレンジラウンド3(8着)をラストランとして、鼻出血症がもとで、惜しくも現役を引退しました。
(登録抹消は、手続きの関係上、3月18日(日本時間・3月19日)付けとなりました、女傑・ウオッカは、2011年度の顕彰馬に、引退後・選定されました。)
アイルランド・キルディア州・キルディア州・キルディア近郊・ギルタウン。

ここに、アガ・カーンスタッド・ギルタウン(シェシューン)があります。

すっぴんで可愛い鹿毛の馬 女傑・ウオッカは、2010年4月1日(日本時間・4月2日)から、繫殖牝馬として、ここで繋養生活を送っています。

女傑・ウオッカが、アイルランド・キルディア州・キルディア近郊・ギルタウンの、アガ・カーンスタッド・ギルタウンに来たのは、2010年3月16日の事で、牝・6歳の時です。
女傑・ウオッカは、遠征先のドバイから、イギリス・サフォーク州・ニューマーケットの、サウスフィールズステーブルを経由して、アイルランドに来ました。

この間・イギリスとアイルランドの間はホーリーヘッド港からフェリーに馬運車ごとに乗船して、午前・6時00分(日本時間・午後・14時00分) アイルランドの首都・ダブリンの港に入り、フェリーを馬運車ごと降ろして、アガ・カーンスタッド・ギルタウンに移動しました。

女傑・ウオッカは、3月16日の朝・8時30分(日本時間・午後・17時30分)、アイルランド・キルディア州・キルディア近郊・ギルタウンの、アガ・カーンスタッド・ギルタウンに到着し、馬運車を降り、着地検査を受けた後、繁殖牝馬厩舎に入りました。

女傑・ウオッカは、2010年3月31日(日本時間・4月1日)まで、トレーニングを受けた後、同年4月1日(日本時間・4月2日)から、繫殖牝馬としてアガ・カーンスタッド・ギルタウンにて繋養生活を開始し、現在に至っておりますが、この間・出張繋養の為、イギリス・サフォーク州・ニューマーケットの、ジュモントファーム・バンスマナースタッドに行ったことがあります。

女傑・ウオッカが出産した、仔馬は、2頭が死亡や未勝利の引退などによる登録抹消などで、現在はVODKA2013(タニノアーバンシー)と、VODKA2015(通称 ウオンケル君・タニノフランケル)の2頭が競走馬登録を受けているにすぎませんが、今後、VODKA2016が、競走馬としてデビューする為、新規登録することにしていて、すでに日本に輸出されており、今年の夏にはデビューするとの事です。

女傑・ウオッカは、昨年・5月23日(日本時間・5月24日)・アイルランド・キルディア州キルディア州・キルディア近郊・ギルタウンのアガ・カーンスタッド・ギルタウンにて、世界最強馬・フランケルを父に持つ、VODKA2017(通称・ウオンケルⅡ君)を、遅く出産したとはいえ、無事に安産で出産しました。

その為・女傑・ウオッカの、2017年の種付け交配を取りやめたので、空胎のまま過ごすという、繫殖牝馬として休業するという、異例の事態となり大変だったとの事です。

アガ・カーンスタッド・ギルタウンの放牧場で放牧する、女傑・ウオッカは、大きいいななきを鳴らしていました。

VODKA「ヒュヒュヒュ~ン、ヒュヒュヒュ~ン、ヒュヒュヒュ~ン。」


女傑・ウオッカは、アイルランドの空に、大きいいななきを鳴らしてやる、伝説の少女の馬です。

VODKA「カポ、カポ、カポ、カポ、カポ、カポ。」

ウオッカとは、スラヴ語で少量の水という意味に由来する、蒸留酒の一種で、ロシア語でヴォートカとも呼ばれる、酒の一種です。

蒸留酒のように強くなる馬になってほしいという願いを込めて、ウオッカ(VODKA)と命名されたが、ウオッカが大きくて強い臭いを発する蒸留酒のように嗅いでいく馬に成長してほしいという願いを込めていることから、冠名・タニノの名前は付けなかったとの事です。

女傑・ウオッカは、現役時代・角居勝彦厩舎(栗東)に預けられた伝説の少女の馬ですが、同きゅう舎所属のブーケフレグランス(こちらも、繫殖牝馬として活躍中。)とヴィクトリアマイルに出走していて、2頭出し馬として、出走しており、2着馬を大差で突き放して優勝、2008年のヴィクトリアマイルでの2着の雪辱を果たしたのです。
2010年・ドバイワールドカップ・マクトゥームチャレンジラウンド3、女傑・ウオッカは、レッドディザイアと共に日本から出走し、走り出していきましたが、8着に終わりました。

それが、女傑・ウオッカが出走した、最後のレースとなりました。

VODKA「ヒュヒュヒュ~ン。」

女傑・ウオッカは、大きい叫びでいななきました。

その直後・厩舎に戻る途中の馬運車の中で、ウオッカは、ごく微量の鼻出血を出したのです。

その為・ドバイワールドカップを回避した、女傑・ウオッカは、オーナー(谷水雄三氏)の断により、無念の現役引退を決めました。

女傑・ウオッカは、海外遠征の成績を4戦0勝のまま、競走生活に別れを告げました。


アガ・カーンスタッド・ギルタウン 繁殖牝馬厩舎。

VODKA「ヒュヒュヒュ~ン。」

女傑・ウオッカは、大きい叫びでいななく馬です。

VODKA「ニョロ、ニョロ、ニョロ、ニョロ。」

VODKA「バシャ~~~~~~~~~~!」
VODKA「ジャ~~~~~~~~~~~!」
ウオッカは、気持ちいい緑色のおしっこ(尿)を出していました。

雄大な北海道の大地に抱かれて育てた、女傑・ウオッカも、牝・14歳、今年の6月には種付け交配を再開するとの事で、2019年の春には女傑・ウオッカの第7仔が生まれることになっており、2021年には日本の中央競馬でデビューするとの事で、ようやく休業していた、繫殖牝馬としての仕事を再開することになっている、女傑・ウオッカも、アイルランド・キルディア州・キルディア近郊・ギルタウンの、アガ・カーンスタッド・ギルタウンで、繫殖牝馬としての更なる、活躍を期待したいと想い願っております。


VODKA「ヒュヒュヒュ~ン、ブルルルルルルル。」




2018年2月17日土曜日

MARTINBOROUGH=マーティンボロ フランスで種牡馬として繋養生活を送っている、ディープインパクトの産駒。(2)


Haras De Grandcmap Etalons MARTINBOROUGH

MARTINBOROUGH「ヒヒ~ン!」

マーティンボロは大きい雄叫びでいなないていました。

2017年1月10日まで、出国検疫検査を受けたマーティンボロは、鍋掛牧場(栃木県・那須塩原市・野間)を後に、馬運車で新東京国際空港(千葉県・成田市)へ移動し、馬運車をおりました。

ストールに積み替えられた、マーティンボロは、ストールごと飛行機に積みこまれて行きました。
(この時・墜落による頭部の強打事故防止の為のヘルメットがかけられた状態で飛行機に積み込まれました。)

MARTINBOROUGH「ブルルルルルルルル、ブルルルルルルルル。」

マーティンボロはディープインパクトを父にハルーワソングを母に持つ、青鹿毛のサラブレッド、それがマーティンボロ!

MARTINBOROUGH「ヒヒ~~~~ン!」

夜・マーティンボロは、飛行機で、新東京国際空港を離陸、ハルーワソングの2009が血統名である、マーティンボロは、競走馬として生活してきた、名残惜しい日本を後に繋養地・フランス共和国にむかいました。

飛行機の貨物室にストールごとに積み込まれている、マーティンボロは鼻息を鳴らしてました。

MARTINBOROUGH「ブルルルルルルルル、ブルルルルルルルル。」

マーティンボロは美しい馬体を持つ、青鹿毛のサラブレッド、それが、マーティンボロ。

MARTINBOROUGH「ヒヒ~ン!」

マーティンボロは、大きい雄叫びでいななく青鹿毛のサラブレッド、それがマーティンボロ。

MARTINBOROUGH「ヒヒヒ~ン!」

1月12日(日本時間・1月13日) 朝のフランス共和国の空港。

マーティンボロは、着陸と同時にストールごと飛行機を積み下ろしました。

ストールを出た、マーティンボロは、馬運車に積み込まれて、繋養先の、Haras de Grandcamp(グランカン牧場)にむかいました。

空港を後にした、マーティンボロは、馬運車内で過ごしていました。

MARTINBOROUGH「ブルルルルルルルル。」

MARTINBOROUGH「ヒヒ~ン。」

マーティンボロは、大きい雄叫びでいななきました。

1月12日(日本時間・1月13日)・マーティンボロは、繋養先のHaras de Grandcamp (グランカン牧場)に到着、日本から長い渡航の末、馬運車を降りました。

マーティンボロは、Haras de Grandcamp (グランカン牧場)到着後、着地検査の後、種牡馬厩舎に移動しました。

MARTINBOROUGH「カポ、カポ、カポ、カポ、カポ、カポ。」

MARTINBOROUGH「カポ、カポ、カポ、カポ、カポ、カポ。」

MARTIINBOROUGH「カポ、カポ、カポ、カポ、カポ、カポ。」

MARTINBOROUGH「ブルルルルルル、ブルルルルルルルル。」

マーティンボロは、大きい鼻息を鳴らしながら、Haras de Grandcamp (グランカン牧場)の種牡馬厩舎の馬房に入りました。

日本から、長い渡航の末、到着したマーティンボロは、長旅の疲れを癒していました。

MARTINBOROUGH「ヒヒ~ン」

マーティンボロは、大きい声でいななきました。

MARTINBOROUGH「ウ~~~~~!」

MARTINBOROUGH「ボト、ボト、ボト、ボト、ボト、ボト、ボト。」

マーティンボロは、大きいうんち(💩)を落としてやりました。

翌日・放牧場に出された、マーティンボロは、手綱を離しては、走りだしていました

MARTINBOROUGH「ヒヒ~ン!」

MARTINBOROUGH「パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ。」

MARTINBOROUGH「パカッ。」

MARTINBOROUGH「ブルルルルルルルル。」

MARTINBOROUGH「ヒヒ~ン、ヒヒ~ン、ヒヒ~ン!」

マーティンボロは、大きい雄叫びでいなないていました。

MARTINBOROUGH「ニョロ、ニョロ、ニョロ、ニョロ。」

MARTINBOROUGH「バシャ~~~~~~~~~!」

マーティンボロは、大きい尿(おしっこ)を出してやりました。

MARTINBOROUGH「ジャ~~~~~!」

マーティンボロは、緑色の気持ちいいおしっこを出してやる馬、それがマーティンボロ。

MARTINBOROUGH「ヒヒ~ン、ブルルルルルルルル。」

種付の時が来ました。

繁殖牝馬が、Haras de Grandcamp (グランカン牧場)の、種付場(交配場)に来ると、マーティンボロは、種付の仕事をこなします。

2017年1月にHaras de Grandcamp (グランカン牧場)に来た、マーティンボロにとって、初の種馬の仕事も、並大抵でもなくこなしています。

Haras de Grandcamp(グランカン牧場)でも、マーティンボロの他、アメリカンデヴィル(アメリカ合衆国産馬)を始め、HAT TRICK=ハットトリックのフランスでの代表産駒 DABILSIM=ダビルシムなどの種牡馬達が繋養されている事もあって、多くのブリーダー達が種付けをこなしております。

Haras de Grandcamp(グランカン牧場)に、初めてのディープインパクト産駒として導入された、マーティンボロは、2018年の春に初年度産駒の出産シーズンを迎えるとの事で、順調に育てれば、2020年には、競走馬としてのデビューを迎えるとの事です。

ディープインパクトを父にハルーワソングを母に持つ、マーティンボロ、2017年~2018年の種牡馬シーズンから、フランス共和国・ノルマンディー地方・トルーンのHaras De Grandcmapで種牡馬として繋養生活を送っている、青鹿毛のサラブレッド・マーティンボロ、マーティンボロを父に持つ、初年度産駒が無事に産んで第1号産駒を輩出できるのか、期待したいところです。


MARTINBOROUGH「ヒヒ~ン、ブルルルルルルルル。」



MARTINBOROUGH マーティンボロ フランスで種牡馬として繋養生活を送っている、ディープインパクトの産駒。



Haras De Grandcamp Etalons MARTIN BOUGH

マーティンボロは、ディープインパクトを父にハルーワソングを母に持つ、青鹿毛の男馬のサラブレッド、それが、マーティンボロ。

MARTINBOROUGH「ヒヒヒ~ン、ブルルルルルルルル!」

フランス共和国・ノルマンディー地方・トルーン。

ここにある、Haras De Grandcamp(グランカン牧場)に、2017年から種牡馬として繋養生活を送っている、マーティンボロ。

検疫検査での問題の関係から、輸出を断念し、日本で競走馬生活を送らざるを得なかった、マーティンボロは、ディープインパクトを父に持つ産駒では、唯一の遅生まれ産駒です。

ニュージーランドの町名が由来のマーティンボロ(MARTINBOROUGH)は、2009年8月20日にハルーワソングの2009として生まれた、青鹿毛のサラブレッドで、生産者のノーザンファーム(北海道・勇払郡・安平町・早来源武275番地)では、珍しい遅生まれのサラブレッドです。

マーティンボロの生年月日が、2009年8月20日と遅い生まれになったのは、ディープインパクトを父に持つ産駒を南半球を輸出させる実験的な試みの為とされております。

吉田 和美氏の所有馬として、栗東トレーニングセンター・友道康夫厩舎に預託され、牡・7歳の時の2016年に福島競馬場で行われた、福島記念(7着)を最後に現役を引退するまで、マーティンボロは、28戦7勝の成績を残した青鹿毛のサラブレッドです。

この間・中日新聞杯(中京競馬場)・新潟記念(新潟競馬場)と、2つの重賞競走を制覇しています。

2017年1月4日 牡・8歳の青鹿毛のサラブレッドになった、マーティンボロは、フランス共和国・ノルマンディー地方・トルーンの、Haras De Grandcmap(グランカン牧場)から、新種牡馬としてスタッドインしてほしいという要請のオファーに応えて、同日付で競走馬登録抹消と同時に、競走馬生活に終止符を打ち引退、その後・鍋掛牧場(栃木県・那須塩原市・野間)に移動して、ここで1月10日まで出国検疫検査を受けたのです。

MARTINBOROUGH「ブルルルルルルルル、ブルルルルルルルル。」

(2へ。)


2018年2月9日金曜日

Sierra シエラ ゴールデンドックエーの最新鋭産駒・デビュー 父は、ステイゴールド産駒の種牡馬・オルフェーヴル!

Sierra=シエラの情報 G1サラブレッドクラブ

2017年12月10日・阪神競馬場で行われた、メイクデビュー・阪神(サラ系2歳新馬戦)で、1頭の栗毛の牝馬が出走し、惜しくも3着に敗れはしましたが、無事にデビューを果たしてくれました。

名前は、Sierra=シエラ(馴染みよい女性名・血統名 ゴールデンドックエーの2015)で、ゴールデンドックエーを母に持つ馬では最新鋭産駒にあるサラブレッドで、栗東トレーニングセンターの須貝尚介厩舎に、G1レーシングの所有馬として預けられておりますが、父が、ステイゴールドを父に持つ、オルフェーヴル(Orfeevre=フランス語でゴールドスミス(金細工師)という意味。)に代わっているのが、特徴です。

2015年にゴールデンドックエーを母に持つ馬では、最新鋭産駒として社台コーポレーション・白老ファーム(北海道・白老郡・白老町)で生まれた、シエラ(Sierra)は、ぼくと同じ1月24日生まれのサラブレッドで、現在は、牝・3歳となっており、1月24日には、牝・3歳の誕生日をむかえたところです。

現在・ゴールデンドックエーを母に持つ馬では、オルフェーヴルが父になっていて、放牧休養中のシエラ(Sierra)、次走の予定はありませんが、いずれレースに復帰した時は、初勝利を挙げてほしいと、願っております。

いよいよ、今日から、韓国の平昌(ピョンチャン)で、ピョンチャンオリンピック・パラリンピックが開幕していて、白虎のスホランとツキノワグマのバンダビがマスコットキャラクターとなっていて、隣国の日本・中国・オーストラリア・ニュージーランドなどのアジア・オセアニア地域の国をはじめとする世界中の国から参戦する様で選手団の活躍が期待されている様で、NHKが「サザンカ」(SEKAI NO OWARI)を始め、各局などの応援テーマソングを流しては、代表選手団全てに応援を送ることで注目されそうですが。
ぼくは、それより、大好きな、サラブレッドのシエラ(Sierra=女性名・父 オルフェーヴル 母 ゴールデンドックエー・血統名 ゴールデンドックエーの2015・1月24日生まれ 牝・3歳・毛色・栗毛)が気がかりで、心配でならないのですので、シエラ(Sierra=女性名・毛色 栗毛・牝・3歳)を、応援してあげて下さい。

2017年12月10日・阪神競馬場で行われたメイクデビュー・阪神では、惜しくも3着と敗れはしたものの、無事にデビュー出来て良かったね、シエラ(Sierra)。

Sierra「ヒヒ~ン!」

次走の出走の予定はなく放牧休養に出しているけれど、ぼくと同じ1月24日生まれの馬だから、復帰したら初勝利を果たしてほしい。

なあ、大好きな、シエラ(Sierra)よ、成長放牧をさせて初勝利を目指して、走れ!

Sierra「ヒヒ~ン、ブルルルルルルルル!」

2018年2月6日火曜日

Albert Dockアルバートドック(イギリス港湾都市リバプールにあるウオーターフロント地区。) イタリア共和国・ベスナーテのAllavamento Di Besnate(ベスナーテ牧場)で新種牡馬としてスタッドインした、鹿毛のサラブレッド。(2)


(ディープインパクトを父に、ゴールデンドックエーを母に持つ、アルバートドック)


アルバートドックは、2018年1月15日まで、出国検疫検査を受けた後、新東京国際空港に移動し、馬運車を降りてストールに積み替えた後、ストールごと、飛行機に積み込まれました。

アルバートドックは、1月16日の夜・新東京国際空港発の飛行機で、名残惜しい日本を後に、繋養先のイタリア共和国・ベスナーテのAllavamento Di Besnate(ベスナーテ牧場)にむけて渡航しました。

1月17日(日本時間・1月18日) イタリア共和国・ベスナーテ。

ディープインパクトとゴールデンドックエーの仔・アルバートドックは、長い渡航と道のりを終えて、繋養先のAllavamento Di Besnate(ベスナーテ牧場)に到着、馬運車を降りました。
アルバートドックは、着地検疫検査を受けた後、種牡馬厩舎に入厩し、Albert Dock(Jpn)と書かれた馬房に入り、疲れを癒しておりました。

入れ替わりに、レックススタッドから、Allavamento Di
 Besnate(ベスナーテ牧場)にて繋養生活を送っていた、もう1頭のディープインパクト産駒・ダノンバラード(Danon Ballade(Jpn)・母・レディーバラード)が、イギリスのBATSFORD STUD(バッツフォート スタッド)に移動して繋養生活を送ることになり、馬運車に載せられて、繋養生活を送った、Allavamento Di Besnate(ベスナーテ牧場)を後にしました。

Albert Dock「ブルルルルルルルル。」

Albert Dock「ヒヒ~ン!」

アルバートドックは大きい雄叫びでいななきました。

(イタリア・ベスナーテ牧場での、Albert Dock=アルバートドック。)

(ベスナーテ牧場の、種牡馬厩舎で過ごすアルバートドック。)

アルバートドックが、放牧場に放たれる時が来ました。

Albert Dock「カポ、カポ、カポ、カポ、カポ、カポ、カポ。」

Albert Dock「カポ、カポ、カポ、カポ、カポ、カポ、カポ。」

Albert Dock「ブルルルルルル、ブルルルルルル。」

Albert Dock「ヒヒ~~~ン、ヒ~ン!」

Albert Dock「パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ。」

Albert Dock「パカッ。」

Albert Dock「ヒヒ~ン、ヒヒ~ン、ヒヒ~ン!」

アルバートドックは、大きい雄叫びで、いななきました。


イタリア共和国・ベスナーテに来て、初めて見る空は、北海道・白老郡・白老町の空と比べて、澄んだ空ですが、牧草がアルカリ性の高い牧草になっていて、ちょっと戸惑いそうですが、母・ゴールデンドックエーの産駒では、初のイタリア共和国繋養馬になった、アルバートドックは、新種牡馬として生活を始めたところであり、今後の活躍を期待したい所です。

Albert Dock「ウ~~~~~!」

Albert Dock「ボト、ボト、ボト、ボト、ボト、ボト、ボト、ボト。」

アルバートドックは大きい緑色のうんち(💩)を落としては過ごしたのです。

Albert Dock「ニョロ、ニョロ、ニョロ、ニョロ、ニョロ。」

Albert Dock「バシャ~~~~~~~~!」
Albert Dock「ジャ~~~~~~~!」

アルバートドックは大きい緑色のおしっこ(尿)を出してやりました。

Albert Dock「ブルルルルルルルルルルㇽ。」

Albert Dock「ヒヒ~ン!」

Albert Dock「パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ、パカッ。」

アルバートドックは、大きい脚の蹄でイタリア・ベスナーテ牧場の放牧場の大地を蹴ってやりました。

Albert Dock「パカッ、パカッ、パカッ、パカッ。」

Albert Dock「ブルルルルルルルル。」

Albert Dock「ヒヒ~ン!」

Albert Dock「カポ、カポ、カポ、カポ、カポ、カポ、カポ、カポ。」

アルバートドックは、大きい蹄で、種牡馬厩舎に戻り、馬房に入りました。

Albert Dock「ブルルルルルルルル。」

Albert Dock「ヒヒ~ン、ヒヒ~ン、ヒヒ~~~ン!」

アルバートドックは、大きい雄叫びでいななきました。

ベスナーテ牧場の種牡馬厩舎に餌が運ばれてくると、アルバートドックなどの種牡馬達は、次々と、大きい雄叫びでいなないては、餌をはみ始めました。

Albert Dock「ヒヒ~~~ン!」


Albert Dock「モグ、モグ、モグ、モグ、モグ。」

アルバートドックは、大きい餌をはんでいました。

Albert Dock「プ~~~!」

アルバートドックは、大きいおならの臭いを嗅いでやりました。

Albert Dock「ヒヒ~~~ン!」

アルバートドックは、大きい雄叫びを鳴らしながら、フレーメンをしてやりました。

Albert Dock「ウ~~~~~!」

Albert Dock「ボト、ボト、ボト、ボト、ボト、ボト、ボト、ボト、ボト、ボト、ボト、ボト。」

アルバートドックは、大きい緑色の💩(うんち)を出していました。

Albert Dock「ニョロ、ニョロ、ニョロ、ニョロ、ニョロ、ニョロ。」

Albert Dock「バシャ~~~!」

Albert Dock「ジャ~~~~~~~!」

アルバートドックは、大きくて、気持ちいいおしっこ(尿)を出してやりました。

アルバートドックは、大きいおしっこ(尿)を出してやる馬です、遠い北海道・白老郡・白老町の大地を想い出しながら、大きく成長する鹿毛のサラブレッド、それがアルバートドックです。

Albert Dock「ヒヒ~~~ン。」

アルバートドックは、北海道・白老郡・白老町の大地を想い出しながら、大きい雄叫びでいなないてやる馬です。

アルバートドックは、父・ディープインパクト 母・ゴールデンドックエーです。

アルバートドックの血統名は、ゴールデンドックエーの2012です。

アルバートドックは、北海道・白老郡・白老町の大地で育まれた、大きくてかわいい男の仔の馬、それがアルバートドックです。

牡・3歳の馬に成長してた現役時代のアルバートドックが、リゲルステー
クスに出走した時、1 1/4身の差で入ったのですが、アメリカ合衆国生まれの、ダッシングブレイズ(父・キティンズジョイ 母・ブレイジングクリス)に敗れ、3着に終わるなど、3着が3回入着する成績を残しておりましたが、種牡馬になる為、出国検疫検査を受けて、イタリア共和国・ベスナーテのAllavamento Di Besnate(ベスナーテ牧場)に新種牡馬として、今回・日本から輸入されて来ました。

北海道・白老郡・白老町の生産馬で、本年から、イタリア共和国・ベスナーテのAllavamento Di Besnate(ベスナーテ牧場)で新種牡馬としてスタッドインした、アルバートドック(Albert Dock=イギリス港湾都市リバプールにあるウオーターフロント地区・父 ディープインパクト 母 ゴールデンドックエー・血統名 ゴールデンドックエーの2012・牡・鹿毛)は、今後・種付交配などの仕事をこなす様で、2019年には、アルバートドックを父に持つ、初年度産駒(アルバートドックⅡ世)の誕生が予定されていて、2021年には、アルバートドックを父に持つ、初年度産駒の競走馬デビューが予定されている様で、イタリア共和国・ベスナーテで、新種牡馬として繋養生活を開始した、アルバートドックの更なる活躍を期待したいと想い、願っております。


Albert Dock「ヒヒ~ン!」

(終)




2018年2月5日月曜日

Albert Dock アルバートドック(イギリス港湾都市リバプールにあるウオーターフロント地区。) イタリア共和国・ベスナーテのAllavamento Di Besnate(ベスナーテ牧場)で、新種牡馬としてスタッドインした、鹿毛のサラブレッド。

(本年から、イタリア共和国・ベスナーテのAllavamento Di
 Besnate(ベスナーテ牧場)で、新種牡馬としてスタッドインした、アルバートドック(Albert Dock=イギリス港湾都市リバプールにあるウオーターフロント地区。) )






2018年1月17日(日本時間・1月18日) イタリア共和国・ベスナーテのAllavamento Besnate(ベスナーテ牧場)に、1頭の日本産馬が、やって来ました。

ディープインパクトと、ゴールデンドックエーの仔・Albert Dock=アルバートドック(イギリス港湾都市リバプールにあるウオーターフロント地区。)です。

2012年1月21日・北海道・白老郡・白老町の、社台コーポレーション・白老ファームで生産された、アルバートドックは、G1レーシングの所有馬として、中央競馬で18戦5勝を挙げた、鹿毛のサラブレッドです。

アルバートドックの母・ゴールデンドックエーは、アメリカ合衆国生まれの牝馬の栗毛のサラブレッドで、現役時代・アメリカ合衆国で競争生活を送り、3勝の成績を残した後、社台コーポレーション・白老ファームが、繁殖牝馬として、日本に輸入されて来ました。

ゴールデンドックエーの2012が血統名の、アルバートドックは、栗東・松田 博貨厩舎(通称・マツパク)に預けられましたが、同調教師の定年退職により、厩舎が解散したので、アルバートドックは同じ栗東の須貝尚介厩舎に転厩し、2018年1月10日付で競走馬登録を抹消され引退するまで、現役競走馬として、活躍しました。

アルバートドックは、七夕賞・小倉大賞典など、5勝目を挙げた他、リゲルステークスでは、4着のマテンロウハピネスを抑えたものの、ダッシングブレイズ(Dashing Brayz=イギリス語で威勢の良い炎という意味)に敗れ、3着に終わるなど、3着を3回残しております。
アルバートドックは、2016年9月4日・新潟競馬場で行われた、第52回・新潟記念で、アディンインザライフの2着に終わったのが、ラストランのレースとなり、以後は、左前脚屈腱炎を発症しており休養に充てていてそれが思わしくない事と、イタリア共和国・ベスナーテのAllavamento Di Besnate(ベスナーテ牧場)から、2018年~2019年の新種牡馬として、アルバートドックをスタッドインしてほしいという要請のオファーがあって、それに応じた、馬主の株式会社G1レーシング(G1サラブレッドクラブ HP・https://www.g1tc.co.jp/) ・所属厩舎の須貝 尚介調教師(栗東) そして、生産者の社台コーポレーション・白老ファームと、アルバートドックの今後の対応について協議した結果、左前屈腱炎の状態が思わしくない事と、イタリア共和国・ベスナーテのAllavamento Di Besnate(ベスナーテ牧場)から新種牡馬としてスタッドインしてほしいとの要請のオファーが出された事から、現役引退を決めたのです。

栗東トレーニングセンターの須貝尚介厩舎は、管理馬のアルバートドックを2018年1月10日付で競走馬登録抹消する、手続願を、日本中央競馬会に申請し同会も受理しました。

アルバートドック(Albert Dock=イギリス港湾都市リバプールにあるウオーターフロント地区。)は、2018年1月10日付で競走馬登録を抹消され、競走馬としての長い生活に終止符を打ち、引退しました。
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